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主権国家

なぜ存在するのか?、と、すでに存在する国家について問うのは哲学者くらいである。アリストテレスは、国家は人々が「よく生きるために存在する」と述べた。他の動物と違い、人間は、善と悪から善を、正と不正から正を選ぶことができる。そして、他人とその選択を共有することができ、国家を作る。ゆえに人間は政治的(ポリス的、国家的)動物である、と彼は導く[1]

このように、古代ギリシャの国家には強い存在理由があった。個人の主体的な選択によるというのは一種の社会契約論であり、フィクションである。直接民主制に参加することによる一体感が、フィクションの契約を事実であるかのように錯覚させた。男性市民としての連帯責任が、悪法も法なり、と観念させたにちがいない。アリストテレスの師であるプラトンが記した『ソクラテスの弁明』から引用する。

―前略―祖国が忍従を命ずるものは、それが殴打であれ、投獄であれ、また負傷もしくは戦死のおそれのある戦場に我らを送ることであれ、黙ってこれに忍従しなければならない。これは為すべきことでありまた法の要求するところである。我らは逃亡したり退却したりその持場を棄てたりすることなく、むしろ戦場においても、法廷においても、またどこにおいても、およそ国家と祖国との命ずるところはこれを実行しなければならない[2]

時代は下って、中世キリスト教世界においては、もはや住民全員がガバナンスに直接参加することはなかった。支配者と被支配者は分離された。民衆は無視されていたわけでない。トマス・アクィナスによると、統治の目的は死後の浄福、つまり天国に行くこと、である。しかし、役割を与えられるのはもっぱら聖職者と王である。王は、「神の法[神法-訳者注]に通暁し、いかにすればかれの治下にある民衆が善く生きることができるか、を主要な関心事としなければならない」。民衆の善き生活のために王が果たす役割は三つ、すなわち、平和、善き行為への導き、そして物資の充実である[3]。他方、民衆は導かれるまま、選択の余地はなく、受け身の存在であった。

今回のテーマは、近代国際システムの形成と国家理性の概念について論じなさい、である。国家理性またはレゾンデタ(raison d’État)とは、国家にとっての行動原則である。以下の議論は主にドイツ人政治学者フリードリヒ・マイネッケに依拠する。彼はベルリン大学教授などを歴任し、『近代史における国家理性の理念』を著した[4]。上の古代ギリシャと中世キリスト教世界の例は、それを補うために筆者が加えた。

国際システムを構成する単位は主権国家であり、それらが複数、存在してシステムを成す。主権には対内的なものと対外的なものの両面がある。中世の封建システムが崩壊し、近代の主権国家システムが形成されるには、その両方において変化が必要であった。すなわち、対内的主権では、王(主権者)に権力が集中しなければならず、対外主権では、帝権・教権が崩れ、外国の内政干渉が除かれねばならなかった。

日本とヨーロッパは似ているが、ここではヨーロッパを念頭に置く。一般民衆の上には世俗の権威と宗教の権威の二つが並び立った。世俗の権威では頂点に皇帝がおり、そのもとに王がいて、民衆の直接の領主である諸侯が皇帝を支えた。宗教の権威は教皇に発し、大司教、司教、司祭へと下り、民衆に到達した。

しだいに、帝権はオーストリア領内だけにしか及ばなくなった。その外では、別の世俗権力が他の権力を排除し、最終的に、国家を代表して外交を行うようになった。国家理性とは、この歴史的事業における試練に立ち向かい、運命を切り開いた主権僭称者たちの意識にほかならない。

皇帝を頂点とする世俗権力の崩壊が最初に起きたのはイタリアであった。小さな都市国家が分立し、それぞれが遠方の異国と通商をする経済力を持っていた。15世紀には、最初の外交使節と目されるニコデモ・ダ・ポントレモリがミラノを代表してフィレンツェに常駐した[5]。近代外交の特徴である相手国の首都に大使館または公使館を置くことがここに始まった。規模の小さな都市国家は絶えざる戦争に耐えきれず、ベネツィアと教皇庁(とサンマリノ)以外は滅びゆく運命にあった。

都市国家の一つ、フィレンツェ共和国、において名著が生まれた。ニッコロ・マキアベッリの『君主論』(1532年刊)である。宗教的な思考をした中世のアクィナスらと違い、彼は国家(stato)に注目した。国家は当時の語感では事実上の影響力・権威・権力といったものであったとされる。日本の戦国時代に喩えれば、役職の整った室町幕府というよりも、織田信長の上洛まえに彼の取り巻きであった家臣団といったところであった。ともかくも、同書は力の政治、すなわち「ライオンの力と狐の狡知」を指導者に教え、保身のためには軍事や策謀を駆使すべし、と勧めた。国際政治学における現実主義の始まりをマキアベッリに求める説がある。

マキアベッリの哲学は、当時の小君主が置かれた環境の厳しさを反映した。彼が求めたものは運命を克服するだけの力量を備えた君主であった。つまるところ、そうした人物は保身のためなら何も厭うものがない暴君である。人民は蹂躙されるだけの客体にすぎず、その幸福はまったく視野の外であった。こうした国家理性は教会勢力を敵に回した。『君主論』は暴君志願者の需要に応え、今なお出版部数を増やす。

そのころ、マルティン・ルターが95か条の論題(1517年)を示し、宗教改革が始まった。ドイツと北ヨーロッパのルター派、そして、スイス・オランダ・フランス・スコットランドのカルバン派が大きく勢力を伸ばし、カトリック教会と戦った[6]

封建時代の紛争は家と家との対立から起きた。ウィリアム・シェイクスピアが書いた戯曲『ロミオとジュリエット』の悲恋を思い起こせば、何とものどかな紛争である。宗教改革の時代には、家と家との争いに神をめぐる争いが加わった。教会は仲裁者であることをやめ、最も強硬な当事者になった。大貴族ともなれば、領地の礼拝がどの宗派になるかは住民を巻き込む公的な争点である。国民の大多数がカトリックであったフランスにおいては、ユグノーすなわちカルバン派の代表であったアンリ四世さえ改宗しなければならなかった。

宗教和議のモデルは1555年におけるアウクスブルクの宗教和議である。要点は二つであった。一つは、君主が領土の宗教を決定できること、ラテン語ではクイウス・レギオ、エイウス・レリギオである。もう一つは、その領地の宗教が嫌である者は移住しなければならないことである。どの宗派を信じる者が正統な君主であるか決まって、はじめて宗教和議は真の和議になる。真の和議を平和的に決められないので、結局は戦争になる。

宗教戦争は血なまぐさい。フランスのユグノー戦争では1572年にサンバルテルミの大虐殺が起きた。ユグノー側は、後にフランス王アンリ四世となるナバラ王アンリを擁した大貴族ブルボン家を主な戦力とし、これにイギリスやドイツ諸侯といったプロテスタント諸国が加勢した。対抗するカトリック側の中心は、ギーズ公アンリを始めとする大貴族ロレーヌ家であり、教皇庁やスペインが応援した[7]

では、その上に立つ王家はどうであったか? 王妃カトリーヌ・ド・メディシスが夫であり王であるアンリ二世の死後、摂政となり、家長となっていた。彼女は対立する両派のバランスを権力の基礎とするやじろべえ的な存在であった。それゆえ不安定で、無力であり、両派の妥協を目指した。

王に力がなければ主権の確立は夢物語である。それに気づいたポリティーク派という人々が現れ、国家の集権を第一に置く改革を主唱した。なかでもジャン・ボダンの『国家論六巻』(1576年)は「主権とは国家の絶対にして永続的権力である」と述べ、立法権、外交権、人事権、終審裁判権、恩赦権、貨幣鋳造権、度量衡統一権、そして課税権という固有の権限を挙げた[8]。ブルボン家がすったもんだの末、王位を得た後は、フランスは主権を強化し、絶対主義を打ち立てた。

同じころ、ヨーロッパ各地で軍隊の改革が行われた。長槍兵による槍衾の戦術が発達したことによって、騎士が没落し、傭兵であるフリーランサーが活躍するようになった。常備軍もマキアベッリによるフィレンツェでの導入は早すぎたものの、オランダではオラニエ公マウリッツ・ファン・ナッサウが行ったマスケット兵の軍事教練が成功した[9]。マスケット兵は金銭的費用はかかるものの、馬を養う広大な牧場は不要である。軍隊制度の変化は中央集権化に拍車をかけた。

ただし、神聖ローマ帝国だけは中央集権化に逆行した。一つの理由は、国家体制そのものの形骸化が進んでいたことにある。皇帝はハプスブルク家が1438年から1806年までほぼ独占した。これは権威が安定していたから、というよりも、帝位による特権はほとんどなかったために、多大な犠牲を払ってまで諸侯は独立戦争をする価値がなかったからである。帝国議会と帝国裁判所も、時とともに実質を失った。まるで室町幕府のようである。

権威失墜の一つの理由は、神聖ローマ帝国という名が示すように、帝国はカトリックと不可分の関係にあったことにある。宗教戦争である三十年戦争では、国教について妥協するつもりがないため、戦いは長期化した。

分権化したドイツを舞台とする三十年戦争は、内戦よりも国際戦争のイメージが合う。カトリック側の皇帝兼オーストリア大公はアルブレヒト・フォン・バレンシュタインに傭兵隊を指揮させ、同盟の主力となった。バイエルンとスペインがこれを支えた。対するプロテスタント側からはプファルツ、ザクセンバイマルなど多数の諸侯が参加し、ノルウェー、 スウェーデン、そして戦争後半のフランスと外国からの介入は間断なく続いた。長期化の原因は宗教の分裂だけでなく、国際的連帯にもあった。

内輪もめが果てしなく続いたドイツを尻目に、フランスは新しい歴史段階に入った。その大臣リシュリュー公は、カトリックの高位聖職者である枢機卿であったにもかかわらず、1635年に自国をプロテスタント側に立って参戦させた。中世においては十字軍がそうであったように、宗教的に正しいかどうかが理性の判断基準であった。ところが、リシュリューは徹底的な現実主義者であり、国家の行く末に思いをめぐらせた。リシュリューの言葉のなかから、ヘンリー・A・キッシンジャーは次のものを選んだ。

国家的な問題の中においては、力が持つ者がしばしば正しいのであって、弱い者は世界の多数を占める意見の中で何とか悪いと言われないようにすることのみが可能なのである[10]

力が第一、宗教は二の次である。少数者はいじめられるという勢力均衡の見方をリシュリューは重んじた。同じ人物が国内ではユグノーを弾圧し、貴族の権限を削り、絶対主義を強化した。国家が宗教から自由に独自の理性を持ち、対外政策を決定する、という国家理性が確立したのである。

三十年戦争を終わらせるため、ウェストファリア(ベストファーレン)地方の二つの都市で講和会議が始まった。スウェーデンとは新教都市オスナブリュックにおいて、フランスとは旧教都市ミュンスターにおいて、ドイツ諸領邦は講和交渉に臨んだ。

ウェストファリア条約は他の平和条約同様、重要な領土的解決を伴った。スイスとオランダは独立が正式に認められた。フランスはアルザス・ロレーヌを蚕食し始めた。スウェーデンはバルト海南岸まで獲得し、北方の強国になった[11]

より重要であったのは、条約が神聖ローマ帝国の国家体制を変質させたことである。ただし、帝国の主権が確立したのではなく、臣下である諸領邦の主権が確立した。いわば下剋上である。

まず、対内的主権については、宗教和議が成立した。領土の宗教は1624年1月1日の現状に固定し、君主も変更できない、というものである。ただし、住居のなかで私的に他の宗派を信仰することは自由である。帝国議会において宗教上の決定はコンセンサスに則って行うことが定められた。両宗派が対立する場合にはコンセンサスは不可能であるから、帝国は宗教的に意味あることはできなくなった、と解釈される[12]

対外的主権についても、帝国は完全に無力化された。皇帝はあらゆる決定に議会の承認を要するということであるから、帝国としての行動の自由はないに等しい。さらに、諸領邦は外国と条約を締結することができることになり、勢力均衡のプレイヤーになった。

領邦はもはや主権国家と呼べるのでないか? 17世紀後半、国際法学者のザムエル・フォン・プーフェンドルフは自問自答した。ドイツは君主制なのであろうか? 貴族制なのであろうか? それとも、民主制なのであろうか?、と。出した答えは、「制限された君主制」と「主権国家のシステム」の間を揺れ動く「何かいびつなモンスターのようなもの」であった[13]。神聖ローマ帝国の紋章は双頭の鷲である。帝国は、広げたその翼に諸領邦の紋章を配して描かれる。1羽なのか、何羽なのか分からないそのさまがプーフェンドルフには「いびつ」と感じられたのである。

ウェストファリア条約の結末を要約すれば、次のようになる。すなわち、もはや、教皇もハプスブルク家も、カトリックの信仰を強制することができなくなった。教皇と皇帝の権力が他の主権国家の上に君臨するのではなく、主権国家が自らの意思で外部の主権国家と関係を取り結ぶようになった。最後に、主権国家間を結びつける最重要の手段は、それらの間の条約となった。いわゆるグロティウス的な国際法秩序が打ち立てられたわけである。

「朕は国家なり」とルイ十四世は言ったとされる。君主に対する貴族の抵抗は弱まり、絶対主義と呼ばれる自由な権力行使を君主たちは楽しんだ。ところが、外国に対しては自由はなく、諸国は領土をめぐって戦争を繰り返した。どの国も単独では優位に立てないゆえに、国益に基づき判断して、他国と連携する。それこそ勢力均衡である。

プロイセンのフリードリヒ二世(大王)は勢力均衡外交の優等生であった。ドイツに対するフランスの意図について、彼の分析を引用する。日本語訳は石原莞爾である。

ヴェルサイユの政府は、オーストリイの権力が破滅すること、しかもそれが永久に滅亡するものと堅く信じてゐた。オーストリイの廃墟の上に、フランスは互に均衡を保ち得る四つの君侯を造らうと考へてゐた。すなはちハンガリイ王国とオーストリイ、シュタイエルマルク、ケルンテンとクラインとを包含すべきハンガリイ女王、ボヘミヤ、ティロールおよびブライスガウの主君としてのバイエルン選定侯、ニイダア・シュレジヤを併合するプロシャ、それから最後に、オーペル・シュレジヤとメーレンとによつて強大になるザクセン選定侯、この四人の隣人は永久に和解しないだらう。そしてフランスは、仲裁者の役割を引受けて、自ら任じた主権者を思ひのままに支配しようと心構へてゐた。さうなれば、共和政治の最もかがやかしい時代の、ローマ式政治が復活しただらう[14]

つまり、諸領邦をたがいに戦わせて漁夫の利を得ようとする分割統治がフランスの本意であった、と大王は見抜いた。オーストリア継承戦争(1740-1748年)では、プロイセンとフランスは共闘したものの、次の七年戦争(1754-1763年)では、オーストリアが宿敵フランスと組むという外交革命が起きたため、プロイセンはひるがえってフランスとザクセンに先制攻撃を加えた。対外政策における大王の国家理性とは、勢力均衡を正しく計算して勝利を収めることである。自ら陸軍参謀として満州事変を計画した石原はこれを訳して何を考えたか?

実はフリードリヒ二世は内政でも国家理性に大きな足跡を残した。上で見た好戦的態度に反し、王太子時代に『反マキアベッリ論』を著して、人民の幸福を顧みないマキアベッリを批判した。即位してはじめは「人民第一の従僕」と自称して人民に奉仕しようとしたが、宗旨替えして「国家第一の従僕」と唱えるようになった。「人民」と「国家」の間にはニュアンスの違いはあるが、被治者の幸福を国家理性の目的としたのは同じである。穿った見方をすれば、幸福とは何か?、を定義するのは君主である彼自身であるから、それらの標語は自己正当化以外の何物でもない。オーストリア継承戦争や七年戦争での戦いぶりを、どうしてマキアベッリ的でないと言えようか?

そうした絶対君主と国民とのギャップが許容できなくなるのは、フランス革命が起きてからである。国力を強くするには国民の団結が必要であると考えられた。それは自由を掲げて絶対君主たちを敗退させたナポレオンの記憶が鮮烈であったからであろう。そうした感覚をよく伝えるレオポルト・フォン・ランケの文章を引用する。

すべての国家成員の自由意志に拠る完全な一致団結無しに国運の偉大な伸展が獲得されるなんてことは断じて有り得ないよ。国家成員を一致団結せしめるような理念の隠れた働きがあってこそ始めて巨大な共同体が漸次出来上がって来るんだ。一人の天才が現れてこうした理念の活動を指導するなら、それはなんと言う幸運なことだろう[15]

以上の歴史では、国家と人々との関係は、すべて国家の側から決められた。それにたいし、個人、すなわち下からのニーズにより国家は作られるとする弁証法を考案したのはゲオルク・W・F・ヘーゲルであった。家族では足りないものを市民社会で補い、市民社会では足りないものを国家で補う。こうして人間が倫理的に生きるために不可欠な共同体としての国家が誕生した。とはいえ、国家が国民の福祉を精力的に追求すると、他国との戦争が避けられなくなる[16]。 ヘーゲルの時代では、国家間の抗争は望ましいことであった。全世界の人々のためにグローバルガバナンスを実現しようという発想はなかった、とは言わないが、あくまで国家を手段としてそれは実行されるのである。カントは実在の国家によらず、超越論的な世界市民論に思いをはせたが、20世紀でも政治哲学の主流にはならなかった。


[1] アリストテレス、『政治学』、牛田徳子訳、京都大学学術出版会、2001年、8ページ。

[2] プラトン、『ソクラテスの弁明・クリトン』、久保勉訳、岩波書店、1964年、81ページ。

[3] トマス・アクィナス、『君主の統治について―謹んでキプロス王に捧げる』、柴田平三郎訳、慶応義塾大学出版会、2005年、84ページ。

[4] フリードリヒ・マイネッケ、『近代史における国家理性の理念』、菊盛英夫、生松敬三訳、新装版、みすず書房、1976年。

[5] Ernest Mason Satow, Satow’s Guide to Diplomatic Practice, edited by Lord Gore-Booth and Desmond Pakenham, 5th. ed. (London: Longman, 1979).

[6] 高沢紀恵、『主権国家体制の成立』、山川出版社、1997年、35ページ。

[7] 桐生操、『王妃カトリーヌ・ド・メディチ』、新書館、1982年。

[8] 佐々木毅、『近代政治思想の誕生』、岩波書店、1981年、39-40ページ。

[9] ウィリアム・H・マクニール、『戦争の世界史 技術と軍隊と社会』、高橋均訳、刀水書房、2002年、184ページ。

[10] ヘンリー・A・キッシンジャー、『外交』、岡崎久彦監訳、日本経済新聞社、1996年、73ページ。

[11] 高沢、『主権国家体制の成立』、51ページ。

[12] Stephen D. Krasner, Sovereignty: Organized Hypocrisy (Princeton: Princeton University Press, 1999), pp. 79-81.

[13] Samuel Pufendorf, The Present State of Germany, trans. by Edmund Bohun (London: Richard Chiswell, 1696), pp. 152-154.

[14] フリードリヒ二世、『我が時代の歴史』、石原莞爾、国防研究会訳、中央公論社、1942年、125-126ページ。

[15] ランケ、「政治問答」、『政治問答 他一編』、相原信作訳、岩波書店、1941年、35ページ。

[16] 岩崎武雄編、『ヘーゲル』、中央公論社、1997年。

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ブログを書くから忙しいのか? ブログを書く暇があるということなのか?

二つの質問(Q1とQ2ということにしておこう)は似ているようで全然、違う。

Q1だと、ブログは義務であり、それを書くことは立派な仕事ということになる。

Q2だと、ブログはやらなくてよいことで、暇つぶしということになる。

たしかに「グローバルガバナンスの教科書」の投稿は来年度の授業資料の校正作業だから、仕事ということでよいだろう。しかし、この記事のような与太話も仕事なのか?

世のSNSの多くは与太話の投稿だが、仕事で書いている人もいる。そもそも、デジタル社会ではSNSは必須のPRツールなのだから、立派な「社会活動」として申告すべきなのでないか? ほら、迷惑系が「インフルエンサー」ともてはやされているよ!

荘周が胡蝶になった夢を見ているのか? 胡蝶が荘周になった夢を見ているのか。

荘周と胡蝶とは大きな違いだが、木下郁夫と鴨衣斎は本当にどっちでもいい。

自由主義モデル

グローバルガバナンスについて語ることは、神や仏を語ることと、さほど変わらない。災害、貧困、病気、あるいは戦争などの苦しみを人類はまだ克服していない。数千年間、神や仏の救いを求める人々が聖像に託したものを、現在、グローバルガバナンスの概念が引き受けようとしている。

一握りの人々にとっては、グローバルガバナンスは理想主義的な国際連合のイメージである。それは慈悲深く、人類を救う世界政府である。理事会、総会、事務局、そして専門諸機関が描かれた機構図は、ありがたい現代のマンダラである。実際は、社会科学の概念にすぎないグローバルガバナンスに人間を救う力はない。

理念(イデア)を究めることによって、グローバルガバナンスの実像に迫ることはできないか? ガバナンスはコーポレートガバナンスが企業統治と訳されるように、統治を意味する。もともとは船のかじ取りを意味するギリシャ語がその語源であった。目的地に向かうにせよ、魚を釣るにせよ、船にはかじ取りが必要である。

船のかじ取りとガバナンスはたしかに似ている。船に目的地があるように、ガバナンスには目的がある。そこに到達するために、船は舵を取り、ガバナンスは意思決定をする。船はスクリューで進み、ガバナンスは官公庁などが推進する。

ジェイムズ・N・ローズノーという学者の場合は、「秩序プラス意図性」であるとガバナンスを解説した[1]。秩序とは、物事が規則に従っていることである。規則といっても、法律のような静的で画一的なものばかりでなく、物価・所得・出生率など統計諸指標をバランスをとりつつ管理する動的過程も含まれる。他方の意図性は機能や目的適合性と言い換えられる。どの目的や価値観を志向するかにはじまり、それを実現するためにはどの手段や指標を選ぶべきかが問題になる。

よって、本書は次のようにガバナンスを定義する。共同体において定められた意図または目的に注目し、現実がそれにどの程度、または、どのように従っているかがガバナンスである、と。

グローバルは地球的という意味であるから、グローバルガバナンスは地球統治という意味の空間的概念である。ただし、それをグローバルガバメント、すなわち地球政府や世界政府、ととり違えてはならない。

世界政府論の典型は、戦争をなくするには主権国家を廃止することが必要である、という主張である。ヒロシマ・ナガサキの翌年である1946年に論壇をにぎわさせたのはその一種であった。原子爆弾の製造を禁止することは国家主権に基づく国際連合にはできず、世界政府の手によらなければならない。ソビエト連邦に世界政府への加盟を要求し、拒まれれば戦争も辞さない。そう乱暴に議論したのはバートランド・ラッセルやアルバート・アインシュタインといった知の巨人たちであった[2]

このように、世界政府論は人類が理性を失った時代に唱えられる傾向がある。ソ連との第三次世界大戦にならず、本当によかったと思う。

現実のグローバル社会を見すえれば、最有力なアクター(行為主体)は世界政府や国際機構でなく、主権国家である。地球儀を眺めると、陸地を仕切るものは国境線であり、それらにとり囲まれたものが200ちかくの主権国家である。これら国家のネットワークが、グローバルガバナンスの空間的な骨組みまたは構造である。国際連合をはじめとする国際機構も、国家間の条約によって設けられた主権国家ネットワークの一部である。

グローバルガバナンスは、国際政治やグローバル政治とは違う。政治といえば、選挙や政治家に関わる権力闘争を指すのが一般的である。国際政治において、この見方は現実主義という学派によって代表される。その論者ハンス・J・モーゲンソーは教科書の題に『諸国民間の政治』と付けた。副題は「力と平和を求める闘争」である[3]。力だけでなく、平和も求めているのでグローバルガバナンスの観点は組みこまれている。

平和にせよ、繁栄にせよ、持続可能な開発にせよ、目的や意図性は人間が決める主観的なことである。それらは個人や集団により異なることもあれば、共通することもある。異なる場合はグローバルガバナンスという言葉より、権力政治という表現のほうがしっくりいく。

国際ガバナンスとグローバルガバナンスにも違いがある。国際ガバナンスは、国家間のネットワークだけであり、国家を固い殻に覆われたボールに見立て、その内部がどうなっているかを問わない、いわゆるビリヤードボール・モデルである。

国家の内側における統治であるナショナルガバナンスは国際ガバナンスと判然と区別される。ただし、ユニラテラリズムといって、一国だけでの政策が平和・繁栄に貢献することもあるので、かならずしもグローバルガバナンスと相反するわけでない。

これらとは別に、戦地における赤十字の人道活動のような非政府アクターによるトランスナショナルガバナンスもある。政策の参考にされるという点では、ニュースサイトの情報や大学等での研究もグローバルガバナンスに貢献する。

つまり、グローバルガバナンスは国際、ナショナル、そしてトランスナショナルの空間的なレベル、またはレイヤー、のガバナンスが合わさったものであり、下のように定式化される。

グローバルガバナンス

= 国際ガバナンス

+ ナショナルガバナンス

+ トランスナショナルガバナンス

+ α

αは念のために加えた。月など天体を含む宇宙、国家領域に含まれない南極や深海底、あるいは近年はサイバースペースといった諸空間も近年、無視できなくなってきたからである。

空間的には四つのレベルに分けられても、ガバナンスのメカニズムまで異なる本質を持つわけでない。近代社会で発達したメカニズムは、市場、政府、そして人権である。ただし、世界の文化や地域によって、どれが強く、どれが弱いかについては差異がある。アメリカでは市場と人権、社会主義国では政府が強い。伝統的な社会では家族や宗教が根強く、封建主義や神権政治が支配的である。

市場、政府、そして人権のメカニズムはナショナルなレベルで進化し、まとめて自由主義国家のモデルを形作った。グローバルガバナンス全体を理解するための土台として、この回ではそれぞれのメカニズムを解説する。なお、市場・政府・人権はおおむね経済学・政治学・法学の学問分野に相当することにも留意してほしい。

自由主義国家のモデルは市場・政府・人権を調和させることを求める。すなわち、政府は秩序を守り、政策を施行する。市場は財産権に基礎を置き、資源配分を効率化しつつ、人々の選択を多様化する。人権は政府の圧制と市場の暴走から個人の生活を守るだけでなく、政府そのものが民主的な投票によって組織されることを保障する。

古代から絶対主義にいたるまで、政府はともすれば個人を抑圧した。自由主義国家の特徴は、政府の力を制限し、個人の自由を十全に働かせ、市場と人権による幸福を促す点にある。

市場は自由な選択、つまり最適化、を実現する分権的なメカニズムである。いかなる財を、いかなる量、生産・取引・消費するか、の決定はそれぞれの経済主体に委ねられる。各自が利潤を極大化しようとした結果、分業と交換が行われ、社会全体の生産は効率的になり、拡大する[4]。アダム・スミスは分業の端緒を次のように想像する。

たとえば、狩猟民または牧羊民の種族のなかで、特定の者が他のだれよりも手ばやく巧妙に弓矢をつくるとしよう。かれは、弓矢をその仲間の家畜やしかの肉としばしば交換し、そうするうちに、けっきょくこういうふうにするほうが自分で野原にでかけて行ってそれらを捕えるよりもいっそう多くの家畜やしかの肉を獲得できる、ということを発見するようになる。それゆえ、自分自身の利益に対する顧慮から、弓矢の製造ということがだんだんとかれのおもな仕事になるのであって、そこでかれは一種の武器製造人になる[5]

貨幣が発明されると、商品には価格が付いた。価格、または価格体系という数字のセット、は比較と演算が可能である。そうした情報の重要性を唱えたのがフリードリヒ・A・フォン・ハイエクである。

価格に反映されたり凝縮される情報の全体はまったく競争の産物である。競争は特別な諸事情を探求する機会をもつ人に有利にそれをおこなう可能性を与えるだけでなく、そのような機会があるという情報を他の当事者に伝達することによって、一つの発見的手続きとして作用する。市場ゲームの競争的努力が広範に保有されている知識の活用を保証するのは、コード化された形でのこの情報伝達によるのである[6]

価格という情報に基づいて、参加者は相互作用する。シナリオがあるわけでない。強制があるわけでない。この意味で市場は分権的で自生的な秩序である。なければならないのは、何よりも、競争を阻害しないためのルールである。

商品が安く買えて、高く売れるということは、それまで以上に消費できることにほかならない。生産、支出、そして所得の拡大をもたらすメカニズムは「神の見えざる手」[7]とたたえられる。なかには市場の動きについていけず、非情にも失業する者もいる。それでも、大きくなった社会全体のパイから失業者に補償すれば問題は解決する。

「最大多数の最大幸福」という意味での功利主義は市場メカニズムとは本来、異質の思想である。それは設計を伴うからである。市場が自然発生的とすれば、設計は人為である。ハイエクが主張するのは、政府は設計には手を染めず、市場競争が持続可能であるためのルールの管理に徹するべきである、ということである[8]

スミスもまた、投資に関して、資本家は「どのような政治家または立法者などがこの個人のためにそうしうるよりもはるかによく判断しうる」と資本家の役割を評価する[9]。なぜ、資本家は政治家よりも資本の管理にすぐれているのか? 投資は、値上がりしそうな商品を先読みし、その生産に資本を投じておいて多くの配当を得る行為である。個人が排他的に資本を占有し、処分する権利を有することにより、最も注意が行き届き、最も適切な判断ができ、最も迅速に行動することができる。古くはアリストテレスが妻子を共有すること(!)を批判したことにさかのぼる私有財産擁護論の一つがこれである。

最大の人数の人に共通なものは。最小の配慮しか得られない。なぜなら人びとは私的なものは、これをもっとも気遣うけれども、公共のものは、これを顧みることが少ないか、各人に割当てられた分しか関心をもたないからである。他の理由はさておき、他人が気遣っていると思うと、人はもっと軽んじるようになる[10]

以上をまとめると、個人の関心、情報、そして財産を基本要素として作用するのが市場である。他人のものや公共のものを管理する際、政府は脇役に徹するべきである、とスミスとアリストテレスは言っている。なぜなら、自分のものほどの関心を他人や公共のものには持てないからである。

ハイエクは自分が関心を持てることは身の回りのものだけであると言う。

すなわち人間の精神が事実上理解できることのすべては、自分を中心とする狭い範囲の事柄であるという事実、そしてたとえかれが完全な利己主義者であろうと、またはこの上もなく完全な利他主義者であろうと、かれが事実上関心をもつことができる[傍点-訳者注]人間の必要は社会のすべての構成員の必要のなかではほとんど無視しうるほど小さい部分に過ぎないという事実がこれである[11]

事情を最もよく知る当事者間で、売買はじめ諸契約は交渉されるのが理想であるというハイエクの見方では、政府が社会のすべてのことを決めることは好ましくない。なぜなら、政府の担当者もまた、身の回りのことしか知らないからであり、世界中に散らばっている現場の情報のほとんどについて無知であるからである。

政府の役割は市場メカニズムへの信奉が強い近代では皆が大賛成というわけでない。より辛辣な政府に対する見方は、そもそも政府は特定集団による不当な私物化によって脅かされている、というものである。ハイエクの場合、マルクス主義のように政府をブルジョワジーによる「搾取の道具」と決めつけない。しかし、その危険があると見るのは、次の一節から明らかである。

民主的諸制度の発展史全体は、特定集団が自分たちの集合的利益に利するように政府装置を誤用するのを妨げるための、不断の闘争の歴史である。この闘争はもちろん終止符をうったわけではなく、組織化された利害関係者の共謀によって形成される多数派が決めるものを一般的利益と定めるのが今日の傾向である[12]

最大多数の最大幸福は多数者の専制を正当化する思想である。多数者も、少数者も、自由になるための方法の一つは、合意できる部分だけに政府の役割を制限することである。ここまでは筆者もそのとおりであると考える。

合意できる部分だけに政府の役割を制限する方法として、ハイエクが勧めるのは結果でなく手段、つまりルールについてだけ、政府が調整することである。

どの特定利益が他の利益より選好されるべきかということにかんする合意が必要であるということになれば、利害の一致ではなく、あからさまな対立が存在することになろう。そのような社会における合意や平和を可能にするには、個々人に目的についての合意を求めることなく、多種多様な目的に貢献できて、自分自身の目的追求の助けになると各人が考える手段についての合意だけを求めることである。そして、特定目的についての合意が可能な小集団を越えて、そうした合意の不可能な大きな社会[強調-訳書]の構成員にまで平和的秩序を拡張できるかどうかは、目的についてではなく手段についてだけ合意すればいいような協力方法を発見できるかどうかにかかっている[13]

ルールについてだけ合意し、結果を放任するという解決策は、実行可能でないと筆者は考える。あるルールからどのような結果になるか、だいたい予想が付くからである。弱肉強食にも、悪平等にも、ルールのさじ加減によって、どうにでも結果は動かせる。公正さを装いつつ、実際は結果を予想しながらルールを考案するのは、わが国では霞が関の官僚たちが得意とすることであろう。ハイエクはアメリカ合衆国の立法府と司法府を信頼しているので、日本の立法過程がいかに官僚主義に都合がよいか、には思いいたらない。

それより、市場を信奉するスミスやハイエクさえ喜んで受け入れる政府の役割があることに注目したい。

私的なインセンティブだけでは必要な供給がなされない場合、政府を含む公的なガバナンスが求められる。寄付と料金だけで、道路や軍隊はまかなえない。災害や感染症流行の時には、正確な情報を伝え、場合によっては強制しながらも、個人の行動を導かなければならない。犯罪には刑罰で、腐敗には綱紀粛正で報いるべきである。選択できない規格品であっても、すべての人に供給されなければならない財やサービスがあるのであれば、その供給を優先する制度を作らなければならない。例えば健康保険である。ましてや、緊急事態になればあらゆる選択機会は失われるから、そうした事態への対応はすべてに優先する。

外部性という経済学の概念は、公的介入が必要な多くの場合を説明できる。教科書はこの概念を次のように定義する。

外部性は、経済活動により、第三者にスピルオーバーする費用または便益が生まれることである[14]

道路はライフラインと呼ばれるほど広い範囲に便益を与える。学校は卒業生の生涯所得を上げるだけでなく、技術や社会慣習など文明そのものをレベルアップする。国家安全保障や災害対応は、ふつう個人が認識しないリスクを社会全体で計算に入れて、はじめてなりたつ。

アダム・スミスも国家の義務として、国防費、司法費、公共事業費、教育費、宗教費、そして、元首の威厳を維持する経費を挙げた。最後のものは宮殿などである[15]。ハイエクも、ルールの調整だけを政府の任務と考えるわけでない。スミスが挙げたものに加えて、治水、度量衡、土地登記、地図、統計、品質証明を並べる[16]

スミスとハイエクが挙げた政府活動は公共財の一種である。公共財とは便益、すなわち正の外部性、を社会に与えるものであり、自然環境や健康もそのうちに数えられる。社会資本やグッドガバナンスといった人間活動を含める場合もある。これらに政府が介入するべきであることにはコンセンサスがある。

他方、経済活動が第三者に、費用すなわち負の外部性を与える場合、例えば工場が有害ガスを出すような場合にも、政府が規制、補償、課税、仲介、さらには直接供給などで関わらなければならないことがある。

正負の外部性に対処するために政府は必要である。確かにハイエクは、人間の関心と知識は身の回りの狭い範囲にしか及ばない、と見抜いたものの、政府をなくすわけにはいかない。

社会のネットワークをイメージしよう。直接つながっている相手を1次の距離、一つ空けると2次の距離……、と呼ぶと、人間の関心が及ぶ狭い範囲とは、せいぜい3次か4次くらいまでの、次数が低い相手までのネットワークである。家族関係では3親等のいとこくらいまでである。

霞が関の官僚はどのくらいの人々まで、関心と知識が及ぶであろうか? 永田町の政治家、都道府県・市町村の地方公共団体、外国政府、そして各種団体あたりは日常の接触があろう。しかし、都心から離れた辻々や津々浦々の庶民生活までは目が行き届かない。こうした一極のネットワークでは不可視の部分が大きくなるので、地方自治が必要になる。さらに遠く、外国のジャングルや砂漠で生きる人々のことなど見当もつかない。それゆえ、グローバルガバナンスはナショナルガバナンス以上に多数の中心に分散してネットワークを張りめぐらさなければならない。

中心からは不可視の場所にも有権者(コンスティテュエンシー)がいる。そこの有権者たちが自由な選択を共同的に行う状況にない、という事態はあってならない。ナショナルなレベルの選挙で民主主義が達成されていても、それで終わりではない。辻々や津々浦々の有権者の声を聴くためには地方自治が最も確かである。ハイエクは次のように言う。

ある特定の地域や地方の住民の必要だけを満たす多くの集合財の場合には、サービスの管理および課税も、中央当局ではなく地方当局の手に委ねられるならば、いっそうきめ細やかにこの目標に接近できる[17]

有権者とは、守られるべき基本的な権利を有し、それを実現するためにガバナンスに参加する人または集団である。ギリシャ語のかじ取りを意味する語源には船員しか有権者はいなかったが、現代のガバナンスは、政府と住民とそれらを取り囲む人々がセットになってはじめて成立する。不可視の有権者がなくなるようにガバナンスのネットワークを張りめぐらせることが要請される。連邦国家は、州を中央政府と併存させて、この課題に応える。

また、ヨーロッパの国際統合においては補完性(サブシディアリティ)の原則がある。EU(欧州連合)は、国・地域・地方では十分になしえないことだけを行う国際機構である[18]。ブリュッセルの欧州委員会は加盟国の多くの有権者にとっては遠いところであって、その指揮下にあるエリートたちにガバナンスのすべてを委ねてしまうことに不安がある。

ガバナンスのネットワークというイメージは、古くはアナーキズムの一派が掲げてきた。ロバート・ノジックは、守るべき権利を生命・財産・賠償取り立ての「自然権」に絞り込み、個人がそれらだけを相互に扶助しあう保護協会を構想した。ノジックやハイエクの1世紀まえに、国家主権を主張せず、自発的契約を基礎とするガバナンスを唱えたのはピエールジョゼフ・プルードンである[19]。『連合の原理』から引用する。

―前略―連合した諸国家に対し、それらの主権、領土、市民の自由を保証し、それらの紛争を調整し、全般的な措置によって安全と共通の繁栄にかかわる一切に備えることを目的とする契約、この契約は責任を負う利害の大きさにもかかわらず、本質的に限定されたものである。―中略―私は連合の権限は、実際に量的に、村や地方の権限を超えることは決して許されない、といいたい。同様に村や地方の権限は、人間や市民の権利や特典を超えることは許されない。そうでなかったら、村は共同体となろう。連合は君主制的中央集権に戻ることとなろう。単なる代理人であり、従属的な役割である筈の連合の権威は、優越するものとみなされることであろう。―中略―連合した諸国家は、県に、州に、支部ないし出先機関に変わることであろう[20]

もちろん、ネットワークを分散する方法は、地理的なものだけでなく、機能的なものもある。実際、執行府では省庁や大臣に責任を分散させることが広く行われている。1960年代には、ロバート・ケネディがアメリカ合衆国の対外政策について次のように書いた。

国務省以外の多くの政府機関や省庁が、外交分野で主要な責任および権限をもっている。そのなかにはペンタゴン(国防総省)、CIA(中央情報局)、AID(国際開発局)、さらに関与の度合いはそれらより小さいが、USIA(海外情報局)その他の独立あるいは半独立の省庁が含まれている[21]

外交官のネットワークである国務省とは別に、ペンタゴンは世界に軍人のネットワークを持ち、CIAは公安関係者の、USAIDは援助関係者とのコネを持つ。そうした省庁によるサービスの対象には企業や業界団体や専門家といったクライアントがぶら下がる。

こうしたクライアントが政治過程に組み込まれることを職能的な代表制と呼ぶ。それをさらに発展させるべきかどうか、は議論あるところである。なぜなら、コーポラティズムという職能的代表制がファシズムの政治体制に採用された過去があるからである[22]。とはいえ、円滑なガバナンスの遂行には、一般市民の声と同様、業界団体や労働組合といったクライアントの声を吸い上げるほうがよい場合がある。賃金の水準は、経営者の代表と労働者の代表の意見を政府が聴きながら決められることはまれでない。

これまで、市場と政府について見た。最後は人権である。選択の自由に不可欠であるのは自由権と財産権であり、市場取引の基礎でもある。有権者の立場でガバナンスに参加するには、選挙権、請願権、そして表現の自由が保障されなければならない。生存権や教育を受ける権利は、人権の根底にある人間の尊厳を実質的なものにする。

日本のような所得水準が高い自由主義国家では、人権は守られて当たり前である。しかし、世界中で人権は守られているのか?、つまり普遍的人権は達成されているのか?、と問うと、不安になってくる。

とはいえ、この思想そのものの歴史は古い。240年前、ドイツの哲学者イマヌエル・カントは「世界市民的見地における普遍史の理念」という遠大な構想の論文を著した。自由の濫用による人間間の敵対を止めるため、法はまず、国家の内部で作られた。しかし、この結果、国家の間で敵対が始まってしまった。戦争を止めるためには、国際同盟を結んで共通の法を作らなければならない。これは人類によって最後に解決される問題である、というのが内容である[23]

カントはあまりに時代に先行しすぎた。1784年には、フランス人権宣言も発せられていなかった。

1941年に、アメリカ合衆国大統領、フランクリン・D・ローズベルト、が「四つの自由」について演説した時、世界は自由の勢力とそうでない勢力とで真っ二つに割れていた。7年後の国連総会における世界人権宣言が初めてグローバルな機関が人権を数え上げた。そのことをハイエクは次のように批判した。

そこでは最初の二一カ条のなかに古典的な市民の権利を列挙した後に、新しい「社会的・経済的権利」を表現することを意図した七項目の保障がさらにつけくわえられている。これらの付加条項のなかで、提供する義務また負担を誰にも負わせることがないままに、「社会の一構成員として、あらゆる人に」特定の利益にたいする積極的な請求権の充足が保障されている。またその文書は、裁判所が特定の事例についての内容が何であるかを決定できるような仕方でこれらの権利を定めることに完全に失敗している[24]

つまり、誰も給付の責任を負わないままに、それを受け取る権利の理想だけを国連総会が謳ってみせたとしても、絵に描いた餅である、と言う。これが書かれた1970 年代における最貧国の実情を想像すると、援助国にも、援助機関にも、絶望的な貧困をすぐに根絶する力はなかった。実際、「国連開発の十年」というキャンペーンは冷笑の的であった。当時の人々がグローバルガバナンスという言葉を知っていたとしても、恥ずかしくて口に出せたか分からない。

21世紀の今日では、事情は違うはずである。経済学者のハイエクが経済的権利を標的にしたのは、高福祉は自らの信条に反するからであったろう。しかし、生存権をつうじて最低限度の健康な生活を保障することは人間の尊厳を守ることであり、人間の尊厳こそ人権の実質である。給付を頭ごなしに否定すべきではない。

人権を実現するには、そのためのメカニズムが整っているほうがよいのは確かである。アマルティア・センは、民主国では飢餓は起きない、という言説で知られる。

もしその政府が、選挙、自由な報道や検閲されない公然の批判を通じて公衆に責任を負うことになったとすれば、政府もまた――非難、そして最終的には否認を避けるために――飢饉を撲滅すべく最善を尽くす十分な理由を持つことだろう[25]

同じことは、伝染病や犯罪にも言える。民主主義がガバナンスにとって重要であるという命題からは、少なくとも二つの結論が導き出される。一つは植民地では対策が遅れることである。植民地政府にとっては、本国政府との関係が最重要である。現地住民に対する関心は低く、情報収集や分析に思い込みや偏向が交じりやすい。独立を勝ち取ることによって、住民はようやく有権者となり、自分たちのガバナンスを持つことができる。奴隷制、モノカルチャー、虐殺、自然破壊などの害悪が植民地統治下では避けられない。

もう1点は、検閲を受けないニュースメディアの重要性である。センが指摘するのは、民主主義のもとでは政府を非難する野党が存在しており、それが政策を正す圧力となることである[26]。事実に基づく情報はデマや噂に対する有効なワクチンである。

内心の自由と表現の自由は報道の前提である一方で、進歩の必要条件でもある。飛行機、原子力、そしてロケットの技術は、いずれも民間での自由な研究開発がなければ、孵化し、巣立つことはなかった。仮に、独裁国家が官僚組織や政府資金を駆使して開発したようにみえても、実は自由な社会からスパイや連行によって盗まれたものである。表現の自由では、完全な真理に対してであっても、異議をさしはさむことには意味がある。そう断言したのはジョン・スチュアート・ミルであった。異議こそ逆に真理の根拠を明らかにし、真理を生き生きとしたものにするからである[27]

実際、全体主義の国では、科学は政治に従属させられ、ゆがめられる。DNAの二重らせん構造の発見がノーベル賞を受けて十年がたった1960年代前半、ソビエト連邦ではルイセンコ学説というものが支配的地位を占めていた。この学説は発芽後に植物が獲得した形質が次世代に遺伝するというものである。トロフィム・ルイセンコは全連邦農業科学アカデミー総裁として君臨した。彼はマルクス・レーニン主義の名を借りて、自説に従わない学者たちに弾圧を加え、逮捕までさせた。検閲と外国からの隔離がルイセンコ学説を生き永らえさせ、その権威が失墜したのは、擁護者であったニキータ・フルシチョフ共産党第一書記が失脚してからであった[28]。 以上が自由主義国家をモデルとしたナショナルガバナンスである。もちろん、世界の国々はすべてが自由主義国家というわけでない。異質な体制の国家をどう評価すればよいか? 非自由主義国家と自由主義国家との間では、戦争など、国際関係はどのようになりやすいか? 問われるべき問題は枚挙にいとまがない。


[1] James N. Rosenau, “Governance, Order, and Change in World Politics,” in James N. Rosenau and Ernst-Otto Czempiel, eds., Governance without Government: Order and Change in World Politics (New York: Cambridge University Press, 1992), p. 5.

[2] Emery Reves, The Anatomy of Peace, 9th ed. (New York: Harper & Brothers, 1946). バートランド・ラッセル、「戦争の防止」、モートン・グロッジンス、ユージン・ラビノビッチ編、『核の時代』、岸田純之助、高榎尭訳、みすず書房、1965年、96-103ページ。アルバート・アインシュタイン、『科学者と世界平和』、井上健訳、中央公論新社、2002年、11ページ。

[3] Hans J. Morgenthau, Politics among Nations: The Struggle for Power and Peace, 5th ed. (New York: Alfred A. Knopf, 1973), p. 27.

[4] アダム・スミス、『諸国民の富 (一)』、大内兵衛、松川七郎訳、岩波書店、1959 年、98ページ。

[5] スミス、『諸国民の富 (一)』、120ページ。

[6] F・A・ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、新版、篠塚慎吾訳、春秋社、1987年、162ページ

[7] アダム・スミス、『諸国民の富 (三)』、大内兵衛、松川七郎訳、岩波書店、1965年、56ページ

[8] ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、11ページ。

[9] スミス、『諸国民の富 (三)』、57ページ。

[10] アリストテレス、『政治学』、牛田徳子訳、京都大学学術出版会、2001年、 53ページ。

[11] F・A・ハイエク、「真の個人主義と偽りの個人主義」、嘉治元郎、嘉治佐代訳、F・A・ハイエク『個人主義と経済秩序』、春秋社、2008年、17ページ。

[12] ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、14ページ。

[13] ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、10ページ。

[14] ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、『ミクロ経済学』、電子版、東洋経済新報社、2020年、317ページ。

[15] アダム・スミス、『諸国民の富 (四)』、大内兵衛、松川七郎訳、岩波書店、1966 年、5-224ページ。

[16] F・A・ハイエク、『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』、新版、渡部茂訳、春秋社、1988年、67ページ。

[17] ハイエク、『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』、68-69ページ。

[18] Article 5(3) of Consolidated version of the Treaty on European Union.

[19] ロバート・ノージック、『アナーキー・国家・ユートピア: 国家の正当性とその限界』、嶋津格訳、木鐸社、1992年。ハイエク、「真の個人主義と偽りの個人主義」、23-24ページ。

[20] ピエール・ジョゼフ・プルードン、『プルードン Ⅲ』、長谷川進、江口幹訳、三一書房、1971年、371-372ページ。

[21] ロバート・ケネディ、『13日間 キューバ危機回顧録』、毎日新聞社外信部訳、中央公論新社、2001年、97-98ページ。

[22] Ph・C・シュミッター、G・レームブルッフ、『現代コーポラティズム―団体統合主義の政治とその理論』、山口定監訳、木鐸社、1984年。

[23] イマヌエル・カント、「世界市民的見地における普遍史の理念」、福田喜一郎訳、『カント全集』、14巻、岩波書店、2000年、1-22ページ。

[24] ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、143-144ページ。

[25] アマルティア・セン、「講演 飢餓撲滅のための公共行動」、アマルティア・セン『貧困と飢饉』、黒崎卓、山崎幸治訳、岩波書店、2017年、302ページ。

[26] セン、「講演 飢餓撲滅のための公共行動」、302ページ。

[27] J・S・ミル、『自由論』、塩尻公明、木村健康訳、岩波書店、1971年、107-108ページ。

[28] ジョレス・メドヴェージェフ、『生物学と個人崇拝―ルイセンコの興亡』、現代思潮新社、2018年、349ページ。

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集団安全保障
集団安全保障がない国際平和は、警察がない治安と同じである。その心は、非常に危うい、ということである。集団安全保障の本質は、武力行使の違法化とその違反に対する社会からの制裁にある。 集団安全保障の発案者は、18世紀初めのフランスの学者サンピエール神父である。彼が構想したことはこうであった。ある国が違法に武力を行使したとする。その国はヨーロッパ社会全体の敵とみなされる。交戦状態はこの敵が武装解除されるま…
なぜ自由を指針とするべきか?
客観的幸福も、主観的幸福も、ガバナンスの指針としては不十分であると論じた。では、どのような指針が適当であるのか? 持続可能な選択の自由という考え方を筆者は支持する。長所も、短所も、それにはある。これを説明することが今回のテーマである。 手始めに、認識論での長所を説明する。選択の自由を論じることは幸福それ自体を論じるよりもたやすい。二つの理由がこれにはある。 一つは、幸福は主観性を排除するのが難しいが…
相互依存
関税は商品の代金とは別にかかる費用である。関税を下げれば、国境を越えて商品は移動しやすくなる。これが自由貿易の考え方である。自由貿易が行われる国々の住民は、余計な費用をかけずに商品を売ったり、買ったりでき、選択の自由は飛躍的に増す。 しかし、同じ商品を国内で作っていた業者にとっては、外国からより低い価格で商品が買えるとなると、自分が作ったものが売れなくなってしまう。輸入を減らして国民の仕事を守れ、…

クラブのリーダー♪

日本の安全保障政策にたずさわる首相官邸幹部が、核兵器を日本は保有するべきだ、と記者団に語った。上司にあたる大臣たちを差し置いて個人の考えを述べるというのはどうかしていると思う。

それは今日のブログの本題ではない。そこから派生した枝葉の話について感想を述べたい。

朝日新聞の記者はアメリカ合衆国の国務省報道官にコメントを求めた。

朝日新聞

日本は「核不拡散のリーダー」 米国務省、官邸幹部発言でコメント

不拡散のリーダー、ということは、核兵器を持つことは日本に期待しないということだ。建前と別に本音があるかもしれない。私は裏情報を持っているわけでなく、コメントが誠実かどうか評価できない。

しかし、感想はある。

60年まえ、中国が原爆実験をしたことにより、合衆国のジョンソン政権は核拡散の懸念を深くした。そこで委員会を設けて、核拡散防止の措置を探らせた。その成果が1965年のギルパトリック報告書だ。日本については次の一項がある。

Gilpatric Report

We should support Japan’s desire for a more important role as a world leader.

“As Explosive as a Nuclear Weapon”: The Gilpatric Report on Nuclear Proliferation, January 1965

Source: Freedom of Information Act request to State Department

https://nsarchive2.gwu.edu/NSAEBB/NSAEBB1/nhch7_12.htm

世界のリーダーとしての役割を与えて、核保有という無責任な行動を思いとどまらせようとしたのだ。今から振り返れば、G7と核軍縮がその役割だったことになる。今回のコメントで、60年経っても公式見解は変わっていないと確認できた。

ヒロシマ・ナガサキの直後、アメリカ合衆国は核廃絶のために原子力の国際管理を言いだした。それが失敗して、核兵器の不拡散に力をいれることになった。廃絶と不拡散の違いは、五大国の核保有は手放さないということだ。

核の傘を強調して日本の不安感にこたえることもギルパトリック報告書に書かれた。大きな歴史の流れは下の拙著に詳しい。

日本は原子力のアメリカン・コントロールの有力なパートナーだったのだが、これからは……

なぜ自由を指針とするべきか?

客観的幸福も、主観的幸福も、ガバナンスの指針としては不十分であると論じた。では、どのような指針が適当であるのか? 持続可能な選択の自由という考え方を筆者は支持する。長所も、短所も、それにはある。これを説明することが今回のテーマである。

手始めに、認識論での長所を説明する。選択の自由を論じることは幸福それ自体を論じるよりもたやすい。二つの理由がこれにはある。

一つは、幸福は主観性を排除するのが難しいが、選択の自由はそうではないことである。「幸福の追求」はアメリカ独立宣言において「不可侵の権利」として挙げられた。これはうまいやり方で、それぞれの市民が別の幸福を追求していても、平等に扱うことができるし、優劣をつける必要もめったにない。選択の自由というのは「幸福の追求」と非常に近い概念である。どのようなものが選択されるとしても、その選択自体は自由である、という理屈は共感を得られやすい。

もう一つは、選択の自由を評価するのに、社会における選択の全体を知る必要がないことである。最大多数の最大幸福は、人類なり、各国なり、幸福の総量が計算できなければ、どの政策が最大の幸福をもたらすかを判断できない。ある政策が個人にもたらす幸福量は、個人が属する国籍、階級、ジェンダー、エスニシティなどによって異なり、幸福最大化は不利な集団の犠牲のもとで行われる。多様な人々の自由な生き方を尊重するならば、無理な幸福最大化は回避されるであろう。

功利主義に基づく厚生経済学では、社会的余剰を幸福の総量とみなして、その最大化が共同体にとっての正解とされる。集計されるのは金銭的な尺度で測られた客観的幸福である。これを徹底的に適用すれば、きわめていびつな意味での幸福になる。極端な功利主義は命の価値さえも金銭的に表示する[1]。さすがに、金銭表示の幸福を唯一の原理とするべきである、と主張する者はいないはずである。

選択の自由も、どのくらいの数の人々が自由で、どのくらいの数の人々が自由でない、といったかたちで集計量を計算できないわけではない。アメリカ合衆国のフリーダムハウスという機関がしていることが、まさにこれである。しかし、社会全体の量を集計せずとも、特定の個人がより自由になったか、といった相対的変化が分かれば部分的な評価をすることができる。実は、功利主義でも最大多数と言いださなければ、部分的評価はできる。しかし、最大多数のスローガンがなければ、功利主義は単なる私利私欲であり、社会正義の観点がまったくなくなってしまって、ガバナンスの指針として論じるに値しない。

認識論を超え、実体論においても、持続可能な選択の自由という考え方に長所はあるか?、を以下で問う。実体論とは、選択の自由が人々と社会を実際にどう良くするのか、という観点である。

選択の自由からは三つの効果が派生する。第1に、多様な価値観の承認(機能主義)、第2に、選択する機会の増加(最適化)、そして第3に、知的進歩の加速(知性主義)である。

第1に、選択肢が増えるということは、選択肢の背後にある価値観も増えるということである。つまり、多様な価値観が選択の自由によって承認されることになる。社会が分業によって複雑になると、多種多様な職業が生まれ、そのそれぞれに独自の職業倫理が発達する。このように、選択の自由は社会における機能分化の前提であって、それがなければ経済成長は起こりえない。分業のすばらしさに気づいた社会学者はエミール・デュルケムである。

こうして、われわれはつぎの問題にみちびかれる。分業は、より広大な諸集団においても同じような役割をはたしていないだろうか。すなわち、周知のように分業の発達した現代社会では、分業の機能は社会体[コール・ソシアル-訳者注]を統合し、その統一を確保するところにあるのではないか、ということだ。われわれがいま観察してきた諸事実は、現代社会においてもさらに豊かに再生産されていること、これらの巨大な政治社会もまた、種々の仕事の専門化によってのみよく均衡を保ちえていること、分業は社会的連帯の唯一の根源とはいえないまでも、少なくともその主要な源泉であること、以上のことを想定することはきわめて正当である[2]

ここで主張されているように、分業する諸集団はそれぞれ足りないものがあるーー相互依存しているーーからこそ、それらを補うために、協力する。デュルケムによると、機能分化した社会は機能が未分化である社会よりも強制的措置に頼る必要がない。それにたいし、最大多数の最大幸福の原理に基づく社会は「多数派の専制」への誘惑に抗しきれず、少数派に抑圧的になるおそれがある。

いくら、価値観は多様だ、と言っても、あらゆる行為が容認されるべきである、という意味ではない。規制すべきか、そうでないか、は問題の性格を吟味してから判断されるべきである。

喫煙は代表的な例である。喫煙にはストレス解消の効果がある一方で、周囲の人の健康や感情を害する。このような場合、「自由主義国家モデル」の回で述べる外部性が生じているので、法規制をかけてしかるべきである。危険なスポーツや日々の飲酒のように、一見、他人に迷惑をかけないようでも、健康保険制度のもとで医療費の上昇をつうじて他人の負担になることには、ある程度の制限はかけてよいであろう。

では、昼寝や瞑想のように、他人の迷惑にならない選択はどうか? それらは無料であるので、GDP(国内総生産)を押し上げることはない。しかし、人によっては無上の快楽であり、心身の健康にもよい。選択の自由という指針が最も生きてくる実例である。

第2に、当たり前のことであるが、選択が自由になると、選択する機会が増加する。これがなぜ良いことなのかというと、選択のたびに最適化ということが行われるからである。ミクロ経済学の教科書には次のように解説されている。

経済学では、経済主体は最適化を試みると考える。すなわち、経済主体は利用しうる情報をもとにして、「実現可能」な最善の選択肢を選ぼうとする、と考える。ここで実現可能とは、予算の範囲内にあってかつ実際に選択しうる、という意味だ[3]

つまり、一定の費用内で、できるだけ高い便益を生む選択肢が選ばれる。これを費用便益分析という。便益を快楽、費用を苦痛、と読み替えるならば、ベンサムの功利主義と非常に似ている。違うのは、選択の自由という条件を重視するか、得られる功利性という結果を重視するか、である。

最適化の対象は、貨幣経済を前提とした財・サービスに限定されない。経済学でいうところの「財」は、哲学では「善」、つまりどちらも英語ではグッドかグッズである。財/善は売買だけでなく、物々交換によって、贈与によって、または、無料経済(フリーミアム)によっても入手できる。無料経済と命名したクリス・アンダーソンの著書から引用する。

無料経済とはこういうことである。ブログやSNSを無料で読んだり書いたりする。利用者が享受する楽しみは課金サービスから得られるものに引けを取らない。それらのサービスが広告料を払う企業を巻き込む「三者間市場」のビジネスモデルであれば、この活動はなお国民所得を増加させる。また、寄付によって運営されるWikipediaのような「贈与経済」であっても、それは誰かが稼いだ所得が寄付されたものである。しかし、純然たる個人の趣味で作成されたウェブサイトのような「無償の労働」にはそうしたことがない。金銭上の付加価値も、所得の移転も、一切、生まないのである。これはつまり、国民所得という概念では人々の幸福を一部しか捕捉できないことを意味する。GDP成長率を参考にするのは構わないが、もはやそれ自体が最優先の目標であってはならない[4]

昼寝や瞑想のように余暇に行う活動は、所得は生まなくても、幸福は生む。ミクロ経済学の機会費用という考え方を使えば、無料の財/善を経済価値に換算できる。この方法は権威ある教科書において紹介されている。

ネットサーフィンの例で言うと、それに費やす時間があれば、何か別のことができていたかもしれない。バスケットボール、ジョギング、空想にふける、寝る、友だちに電話する、たまった電子メールを読む、演習問題を解く、アルバイトの仕事をする、などだ。ネットサーフィンに時間を費やしている間、あなたはこうした別の活動をする時間を犠牲にしていることになる(有給の仕事をしながら並行してこっそりフェイスブックをしているならば別だが――その場合には、上司を友だちリストに入れないほうがいい)[5]

機会費用はあくまで物の考え方であって、逆に捉えれば経済価値に換算することの意義を疑問視させもする。時間当たりの報酬が高い人であれば、機会費用で換算した昼寝の価値も上がってしまう。これはおかしくないであろうか? これ以上、このテーマに深入りしない。選択の自由は最適化をつうじて、功利性を高める結果をもたらすことが伝われば十分である。

選択の機会が増えることにも短所はある。「幸福を指針とするべきか?」で紹介した幸せな農民と不満な成功者の例のように、心配のしすぎや、上には上があることを知ることで主観的幸福感が下がることがある[6]。こう考えてはどうであろうか? 幸せな農民は、取り越し苦労はしないほうがよい、と正しく選択しているのかもしれない。ただし、政府の情報統制や愚民政策によって無知であるだけであれば、そもそも選択の自由は存在しなかったことになる。それどころか、将来的にこの農民は、それまで政府に従ってきたことで享受した幸福感を無にするような不幸に陥るリスクが高い。例えば、自然災害や戦争が起きた時である。

第3に、選択の自由は知的進歩を加速する。批判や代替案の提示が知的進歩の前提であるからである。単なる思想の自由だけでは不十分で、選択して行動するなかから次の展開が生まれてくる。こうした主張の先鋭さでは、ジョン・スチュアート・ミルに肩を並べる論客はいない。

人間が高貴で美しい観照の対象となるのは、彼自身のうちにある個性的なものをすべて磨りへらして画一的なものにしてしまうことによってではなくて、他人の権利と利益によって課された限界の範囲内で、個性的なものを開発し喚起することによるのである。そして、およそ人間の事業はそれを行なう人々の性格を分けもつものであるから、右と同じ過程を経て、人間の生活もまた、豊富で多彩で生気溌剌としたものとなり、高い思想と崇高な感情とに対してより豊かな栄養を与えるものとなり、さらに、民族を、限りなく所属するに値するものとすることによって、すべての個人を民族に結びつけるところの紐帯を一層強固なものとするのである。各人の個性の成長するに比例して、彼は彼自身にとって一層価値あるものとなりうるのである。そこに彼自身の生存に一層大きな生命の充実が存在する。そして諸々の構成単位によりおおくの生命が宿るとき、それらの単位から成っている集合体もまたより多くの生命をもつ。人一倍強い人間性の持主に、他人の権利を侵害させないようにするために必要なかぎりの抑圧は、これを欠くことができないが、しかしこれに対しては、人間の成長という観点から見ても、十分にこれを償うものがあるのである[7]

社会全体のなかで摩耗しない個性を許容することは、斬新な商品の開発に結び付く。典型例といえば、Apple社創業者の一人であるスティーブ・ジョブズであろう。「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ」の言葉通り、違法薬物を評価し、フルーテリアン(くだもの中心の食生活をする人)であった[8]。それらは彼がきわめて個性的であったことを示すエピソードにすぎないが、カリグラフィーへの興味に表れたデザインセンスの鋭さは否定しようもない。彼の生んだ商品は世界中で売れ、富をアメリカ合衆国に吸い上げている。

技術革新とはどのようなものか?、という問いは、ヨゼフ・A・シュンペーターの「新結合の遂行」という言葉によって解説される。従来の結合を解体し、新しい組み合わせで財貨、生産方法、販路、供給源、そして組織を創造することである[9]。そうした新結合を実践するのが企業者の役割である。例えば、トマス・エディソンは一流の企業者であった。彼のような天才が周囲の凡人によってつぶされず、「1パーセントのひらめきと99パーセントの努力」が許容される社会でなければ、知的進歩は加速しない。

他方、選択の自由を指針とすることには短所もある。何より、GDPのような精密に数値化された一義的な政策目標を提示することができない。GDPには経済統計が存在するが、自由は抽象的で、多義的で、解釈的であるために測定できない。

事実、自由主義は政治思想の用語として手あかが付いている。しかも、レセフェール(自由放任)から、進歩的なリベラル、そして、アナーキズムに近いリバテリアンなどさまざまである。

これら主義主張には、それぞれ弱点がある。レセフェールは高い成長率をもたらすものの、環境や社会への負の外部性が高い。リベラルは社会の目標がはっきりしていることには理解をえられやすいが、財政負担が重く、また、腐敗の温床になる。リバテリアンは個人が孤立したソーシャルディスタンスのもと最高水準の自由が得られるが、アナーキーのもとでは緊急事態に対応できず、生命が脅かされることもある。

外部性、腐敗、そして緊急事態が生じている場合には、持続可能性のために自由な選択は抑制されざるをえない。持続可能性の問題については、「自由主義国家モデル」と「持続可能な開発」の回において、より深く考える。

最後に、伝統的共同体において、自由な選択は可能であろうか?、というテーマに触れて、この回を閉じる。自由な社会は近代になって現れた。それ以前の共同体において、取引というものはまったく異なる意味を帯びていた。贈与論で知られるマルセル・モースは次のように解説する。

現代に先行する時代の経済や法において、取引による財、富、生産物のいわば単純な交換が、個人相互の間で行われたことは一度もない。第一に、交換し契約を交わす義務を相互に負うのは、個人ではなく集団である。契約に立ち会うのは、クラン(氏族)、部族、家族といった法的集団である。ある時は集団で同じ場所に向かい合い、ある時は両方の長を仲介に立て、またある時は同時にこれら二つのやり方で互いに衝突し対立する。さらに、彼らが交換するものは、専ら財産や富、動産や不動産といった経済的に役に立つ物だけではない。それは何よりもまず礼儀、饗宴、儀礼、軍事活動、婦人、子供、舞踊、祭礼、市であり、経済的取引は一つの項目に過ぎない。そこでの富の流通は、いっそう一般的で極めて永続的な契約の一部に過ぎない。最後に付け加えたいのは、このような給付と反対給付は、進物や贈り物によってどちらかといえば任意な形で行われるが、実際にはまさに義務的な性格のものであり、これが実施されない場合、私的あるいは公的な戦いがもたらされるようなものであるということである。われわれは、これらすべてを「全体的給付体系」と呼ぶことを提案した[10]

伝統的社会では、取引は義務であって自由な選択ではなかった。宗教と同じように、現状に満足している者の主観的幸福感は強烈であろうが、不満を抱く者には逃げ道がなかった。満足な者と不満な者を分ける主な要因は共同体内の身分であった。それはタテの関係であって、ヨコの関係ではなかった。不自由のもとで、機能主義、功利主義、そして知性主義は本来の力を発揮しなかった。

共同体に不満な者が自由な社会の存在を知ったならば、どうなったであろうか? 自由をうらやみ、忠誠は揺らぎ、最終的には離反に至ったろう。

伝統的共同体は、自由化とは別の方法で進歩を見せ、離反を止めるかもしれない。それは上からの改革と呼ばれる。しかし、日本の幕末や帝政ロシア末期の改革は、旧体制が進化しきれずに崩壊した例である。離反を防ぐために効果的であるのは、やはり、宗教改革時代の異端審問官やジョージ・オーウェルが考えた「真実省」のような思想弾圧である。 自由な社会においても、伝統文化や宗教は息づいている。それは伝統的社会においてとは逆に、社会の多様性や寛容を高めるであろう。また、民族衣装、宗教施設、あるいは伝統芸能は観光業や文化産業にとってビジネスになる。その一方で、もはや社会の主流の座から降りた宗教界の側では、原理主義者やカルト教団によるテロリズムの形をとって、自由への反発は表面化する。


[1] マイケル・サンデル、『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』、鬼澤忍訳、早川書房、2010年、57-66ページ。

[2] エミール・デュルケーム、『社会分業論』、田原音和、筑摩書房、2017年、117ページ。

[3] ダロン・アセモグル、デヴィッド・レイブソン、ジョン・リスト、『ミクロ経済学』、電子版、東洋経済新報社、2020年、11ページ。

[4] クリス・アンダーソン、『フリー』、小林弘人訳、NHK出版、2011年、を見よ。

[5] アセモグル、レイブソン、リスト、『ミクロ経済学』、13ページ。

[6] グラハム、『幸福の経済学』、77ページ。

[7] J・S・ミル、『自由論』、塩尻公明、木村健康訳、岩波書店、1971年、127ページ。

[8] ウォルター・アイザックソン、『スティーブ・ジョブズ』、I、井口耕二訳、講談社、2012年、84、119、151ページ。

[9] シュムペーター、『経済発展の理論』、上、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、岩波書店、1977年、183、198-199ページ。

[10] マルセル・モース、『贈与論』Kindle 版、筑摩書房、Kindle の位置No.125-135。

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小手先の仕掛け

お気づきの方もいるだろうが、このサイトは、愚に徹する心理的トリガーの戦略をとっている。私があまりに愚かで、諭すだけ無駄、と読者は思っている。だから炎上もせず、ページビューが少ない。

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ブログだけじゃなくて、このサイトでも何か売ることが必要なのか?

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幸福を指針とするべきか?

幸福も、自由も、ともによいものである。哲学者も、政治家も、宗教家も、皆、よいと言うものであるから、もはや、ほめられも、けなされもされなくなった。しかし、よいものはよいものである。問題は、幸福と自由では、いずれがよいか?、である。グローバルガバナンスについて論じる本書は、その指針としてすぐれているのはいずれか?、の問いに答える義務がある。

今回は、幸福をガバナンスの指針とすることの長所と短所を吟味しなさい、がテーマである。

国家の目的は、福利とか、福祉とか、英語のウェルフェアから訳されるものを増進することである。そのように諸国の憲法には書いてある。もちろん日本国憲法にも、である。1787年のアメリカ合衆国憲法が最初であろう。この理念は君主制をとる国も巻き込んで広がった。

ジェレミー・ベンサムはイギリス人であったが、彼の『道徳および立法の諸原理序説』は1789年に公刊された。執筆はアメリカ合衆国憲法の制定やフランス革命とほぼ同時期である。

「最大多数の最大幸福」という『道徳および立法の諸原理序説』の一句は功利主義のスローガンとして有名である。「最大多数」が王侯貴族以外の平民を加えたなかでの多数であることは明白である(もっともはじめは財産資格が課された)。立法は国民の代表である議会で行われることであるから、功利主義は到来した議会制民主主義の要請に応えた思想であった。

分かりやすい「最大多数」に対して、「最大幸福」のほうは当時はもちろん、今日でも分かりにくい。幸福とは快楽から苦痛を差し引いたものである、とベンサムは説明する。功利主義という呼び名は功利性(ユティリティ)という用語に由来する。同じ単語が経済学では「効用」と訳され、基本概念として扱われる。彼は次のように解説する。

功利性の原理とは、その利益が問題となっている人々の幸福を、増大させるように見えるか、それとも減少させるように見えるかの傾向によって、または同じことを別のことばで言いかえただけであるが、その幸福を促進するようにみえるか、それともその幸福に対立するようにみえるかによって、すべての行為を是認し、または否認する原理を意味する[1]

つまり、事物が幸福をどれだけ上げるか、下げるか、が功利性である。経済学では、人は効用が高い財やサービスを選好する、という言い方をする。しかし、ここでは経済学の語感を弱めるために、人は功利性が高い事物から幸福を得る、と表現したい。図式化すると次の流れになる。経済学を学んだ人は括弧内の用語のほうがなじみ深いであろう。

事物(財) → 功利性(効用) → 幸福(厚生) → 行為(経済活動) → 事物(財)

人間はこうした高い幸福を与える事物を得るために行為をする。逆に言えば、高い幸福を与えるにもかかわらず、ためらったり、やりすごしたりして、その事物を得るために行為することを怠ることはない。ベンサムにとっては、人が功利性の高い事物を得るために行為をすることは自明の理である。本能と呼んでもよい。受け入れがたいかもしれないが、この方法論は、個人主義とか、合理主義とか呼ばれ、社会科学全般の基礎になっている。彼自身、これが論争の的になることに気づいていたらしく、開き直る。

その原理について、なんらかの直接の証明ができるであろうか。それは不可能であるように思われる。なぜならば、他のすべてのことを証明するために用いられる原理は、それ自体としては証明不可能のものであり、証明の連鎖は、その出発点を別のところにもたなければならないからである[2]

筆者も、功利性原理を正面から証明することは避けておく。自明の理や本能的なことはトートロジーであって、定義のなかに証明されるべきことが含まれてしまっているからである。

さて、これまでは個人の幸福の話であった。一つ前の「功利性の原理」で始まる引用のなかに、「すべての行為」という言葉が出てきた。実は、この言葉は下の引用の伏線である。

私はすべての行為と言った。したがって、それは一個人のすべての行為だけではなく、政府のすべての行為をも含むのである[3]

ようやく、政府が実現すべき目標である最大多数の最大幸福につながった。ベンサムにとっての政府とは、特権階級の道具でなく、代議制民主主義のものであることははっきりしている。全国民に幸福を与える立法を行うことが政治家の義務とされる。これが彼の革命性であり、19世紀にわたって信奉者を得た理由であった。では、最大幸福を実現するため、政府はどのような手段をとるのか?

政府の仕事は、刑罰と報償によって、社会の幸福を促進することである[4]

政府の仕事はガバナンスと言い換えられる。つまり、ガバナンスの手段は刑罰と報償である。刑罰、すなわち否定的制裁、は苦痛を与えることによって、人々の行為を抑える。他方、報償、すなわち肯定的制裁、は快楽を与えることによって、人々の行為を促す[5]。大ざっぱであるが、無機的な機械ではなく生身の人間にとってのガバナンスとは何か?、の本質を突いている。

こうした功利主義を世界に拡大して、グローバルガバナンスの指針として採用することは無理ではない。例えば、国際連合が人類の最大多数の最大幸福のために制裁を発動するというイメージは、理想としては通用する。また、功利主義をマクロ経済学的に解釈すれば、最大多数の最大幸福は人々の消費の総額によって近似されよう。世界銀行の統計に表れる世界総消費の成長率をグローバルガバナンスの目標にすればよく、実際、似たことが行われてきた。

このように、ベンサムの理論は230年あまりまえのものであるにもかかわらず、直観的にはそれほどおかしなものではない。しかし、功利主義はさまざまな問題点が指摘されている。人間だけでなく、環境のことも考えるべきでないか? 立法に携わる政治家たちは、現実には、最大多数の利益を第一にしていないのでないか? さらに冷笑的に問えば、立法というものは社会の現実を変える力を持たないのでないか?

早い批判者の一人が功利主義の継承者であるジョン・スチュアート・ミルである。日本語の訳にも問題があるのではあるが、「快楽」というと、刹那的で肉体的なものが連想される。ミルは、ギリシャの快楽主義者であるエピクロス派が「豚」とあざけられた故事を引き、同派が、そしてミル自身も「精神的な快楽を肉体的な快楽以上に尊重した」と反論する[6]。そして、あの有名な、しかし、見下した感じのする対比を言い放つ。

満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよく、満足した馬鹿であるより不満足なソクラテスであるほうがよい。そして、もしその馬鹿なり豚なりがこれとちがった意見をもっているとしても、それは彼らがこの問題について自分たちの側しか知らないからにすぎない。この比較の相手方は、両方の側を知っている[7]

この議論は、幸福や快楽にはさまざまな次元があって、集計したり、合成したりするのは一筋縄ではいかないことを明らかにした。かのエイブラハム・H・マズローによる基本的欲求のヒエラルヒー説は、こうした多様性を咀嚼・吸収する名案といえるであろう。低次ではあるが、生存には欠かせない生理的欲求が最も強い。安全の欲求や所属と愛の欲求も、誰もが持つものである。さらに、承認の欲求、自己実現の欲求へと高次になるにつれて、満たされた一部の者だけが経験しうる境地へと上っていく[8]

衣食住はまぎれもなく生理的欲求の対象である。1970年代に世界銀行は、それらを教育などと並んで基本的人間ニーズ(BHN)と呼んで重点的に援助した。貧しい開発途上国では、低次の欲求が満たされていないことを直視した結果である。開発途上国の人々の幸福は最低限の生活を保障することである、という議論には説得力がある。

これと似た考えをしたのがノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センである。次の引用で「生活の良さ」と訳されるウェルビーイングは、心身の調子が良いことであるので、最低限度の健康な生活と言い換えられる。

個人の福祉は、その人の生活の質、いわば「生活の良さ」として見ることができる。生活とは、相互に関連した「機能」(ある状態になったり、何かをすること)の集合からなっていると見なすことができる。このような観点からすると、個人が達成していることは、その人の機能のベクトルとして表現することができる。重要な機能は、「適切な栄養を得ているか」「健康状態にあるか」「避けられる病気にかかっていないか」「早死にしていないか」などといった基本的なものから、「幸福であるか」「自尊心を持っているか」「社会生活に参加しているか」などといった複雑なものまで多岐にわたる。ここで主張したいことは、人の存在はこのような機能によって構成されており、人の福祉の評価はこれらの構成要素を評価する形をとるべきだということである[9]

彼の言う「機能」というものは何か目的の役に立つというより、心身が障害なく作動していることを表現している。この引用の部分を受けて、有名な概念であるケイパビリティ(潜在能力)が説明される。栄養、健康、病気、幸福、自尊心、そして参加といった、上で挙げられた各機能のリストとその達成度は、皆が画一的でなければならないわけでなく、個人が選択する自由がある。引用する。

これは、人が行うことのできる様々な機能の組合せを表している。従って、潜在能力は「様々なタイプの生活を送る」という個人の自由を反映した機能のベクトルの集合として表すことができる。財空間におけるいわゆる「予算集合」が、どのような財の組合せを購入できるかという個人の「自由」を表しているように、機能空間における「潜在能力集合」は、どのような生活を選択できるかという個人の「自由」を表している[10]

つまり、ケイパビリティは実現可能な諸機能の組み合わせの範囲であり、センにとっての自由とは機能間の配分が選択できるということにすぎない。喫煙のようにウェルビーイングに寄与するとは考えられない行為は、彼の定義する自由の範囲外にある。いくらセンが選択の自由を強調しようとも、その長いリストに喫煙は入りそうもない。

ある種の福祉の分析(例えば、発展途上国における極度の貧困を取り扱う場合)において、比較的少数の中心となる重要な機能(および、それに対応する基本的な潜在能力、例えば、栄養状態が良いこと、風雨をしのげる住居に住んでいること、予防可能な病気にかからないこと、早死にしないこと、など)だけで、かなりのことを主張することができる。経済開発におけるもっと一般的な問題を含めた他の文脈では、対象とすべき機能のリストはずっと長く多様なものになるだろう[11]

国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(HDI)は、生命・教育・所得の指標から合成され、人々のウェルビーイングを国別に比較する人気のあるツールになっている。具体的には乳幼児の死亡率は身体的な、就学率は精神的な、年間所得は物質的な達成度がバランスよく配置されている。実際、HDIはセンのケイパビリティ論を基礎にして構築された。ただし、彼自身は、それがあまりに単純化されていると苦言を呈した。機能のリストは扱う問題によって増減すると書いている。生命・教育・所得だけのHDIは彼の想定よりもいっそう単純化されたものであったため、彼は不満であった。

このように、ケイパビリティ論の焦点は、物欲にまみれた通俗功利主義とは違い、人間の達成度に置かれるものの、幸福への一つのアプローチという点では類似している。そして、ここにも二つの問題点がある。

ケイパビリティ論が含む問題の一つはウェルビーイング、つまり心身の健康、が途上国の開発にテーマを絞るにせよ、ガバナンスの適切な目標か?、ということである。人間開発に寄与する物資を送ったり、施設を建てたりすることは、人道的に正しい行動であると映る。大地震などの災害では日本のような先進国であっても人道援助を受けとる。それにたいし、受けとらない中国のような国は哀れみや慈悲だけでなく、誇りや静穏を求めているであろう。貧困でなく不平等が問題だ、という孔子、マルクス、あるいはロールズといった大哲学者たちの声も無視できない[12]

二つ目の問題は、援助の計画が現地から遠い国際機構や各国の援助機関で計画されることである。援助対象の普通の人々の生の声はどうなっているのであろうか? 主権国家の代表というエリートたちに独占された外交も、時代遅れではなかろうか?

実はベンサムの功利主義の弱点も同じである。最大の幸福を生み出す最適な財とサービスはこれこれの種類、これこれの数量であるので、資源をこれこれだけ工場に配分し、最終消費者にこれこれのように分配しなければならない。こうした投入と産出の計画を立てることができて、初めて、最大多数の最大幸福という大風呂敷を広げることができるはずである。

これは重要な問題である。政府の「刑罰と報償」によって不幸になる個人がいるからである。そうした不幸は十分に補償や賠償をされるはずである、というのが功利主義の約束である。補償や賠償が行われるには、社会全体の幸福と個々人の幸福が正確に計算されなければならない。しかし、いいかげんな統計を持ち出し、政府は個人の犠牲を当然の義務であると言い張らないであろうか? 功利主義には、国民を奴隷としてこき使う国家の言い訳に利用される危険がある。

ここでオーストリア出身の経済学者、フリードリヒ・A・フォン・ハイエク、に登場してもらう。彼は市場重視の立場から功利主義者の大風呂敷を批判した。

私が常々驚かされてきたのは、真面目で精神のある人びとが、疑いもなく功利主義者はそうであろうが、どうして大部分の特定の事実にかんするわれわれの必然的な無知というこの決定的事実を深刻に受けとめずにすますことができたのかということである。また、かれらが説明しようと企てた現象の全存在、つまり行動ルールのシステムの全存在が実際にそうした知識の不可能性に依拠しているときに、われわれの個人的行為の特定の効果にかんする一つの知識を前提とする理論をどうして提案することができたのかということである[13]

人類における最大多数の最大幸福を構想することはあまりに壮大なプロジェクトであるがゆえに、人間の手に余ることである、と考えた先達がいたということである。

センのケイパビリティ論は対途上国援助については真価を発揮するかもしれないが、それ以外のテーマではうまくいくであろうか?

例えば、国連の2030年目標である持続可能な開発目標(SDGs)は、この弱点を克服しようとしている。それは先進国にも適用できる。なぜなら、貧困削減はもちろん、環境、ジェンダー、健康など、豊かな社会が取り組む課題が取り入れられているからである。その一方で、環境やジェンダーのようなリベラルな価値観こそ最優先の課題でなければならない、とは、途上国の多くの人々は認めないであろう。

最大多数の最大幸福とSDGsとの間には大きなズレがある。なぜなら、開発途上国と先進国、女性と男性、あるいは若者と中高年齢者といったグループ間のパートナーシップは、多数決原理ではなく衡平によってつながれなければならないからである。衡平というのは金銭のような単一尺度の価値によって一方的に補償されて成立するバランスではなく、あくまで、諸グループ間およびそれら内で納得して得られるコンセンサスである。そのようなコンセンサスをグローバルに達成できるのは、地球上のすべての主権国家を巻き込む集団交渉の場である国連総会しかない。実際、SDGsはA/RES/70/1という国連総会決議である。

ところで、客観的に幸福は測定できる、という前提に功利主義は立つ。その最たるものがあらゆるものを、交換される商品、として理解する経済学である。これにたいし、主観的な幸福感に注目するアプローチがあり、近年、力を増している。それはアンケートによって、自分はどの程度、幸福であるかを答えてもらい、国なり、地域なりでその結果を集計したものである。

所得の高い人が幸福感の強い人とはかぎらないし、所得の低い人が幸福感の弱い人ともいえないことは、生活体験から推測がつく。ある研究者は、所得が低いのに幸福感が強い人と所得が高いのに幸福感が弱い人との組み合わせを、悲惨な農民と不幸な億万長者、と呼ぶ。その原因の一つは「不幸な成長のパラドックス」であると結論づけられた。

このケースでは、自分たちの一人あたりGNPの平均水準について説明を受けた後、高成長率の国の回答者は平均して、低成長の国の回答者よりも幸福ではありませんでした(一人当たりGNPの水準と変化を区別するのは重要です。一人当たり所得が高い国の人々は平均して、より幸福だからです)。こうした結果を説明するものとして、経済成長の高まりに応じて頻繁に現れる不安定性と不公平性が挙げられます。

実際、人々は、不確実な状況よりも、良好な水準とはいえないまでも安定した状況に対して、より適応することができるようです[14]

生活の安定が幸福感を増すというのは興味深い。東洋の格言を引けば、恒産なくして恒心なし、ということであろう。ほかの研究では、貧しい人には宗教が、豊かな人には健康が幸福感を増す、という結論もあるそうである[15]。主観的幸福論が知的関心を刺激してくれることを否定するつもりはない。 本人が幸せならいいじゃないか、と日常的に言われる。しかし、グローバルガバナンスは幸福感の上昇を主な目的とすべきかといえば、ためらわざるをえない。主観的幸福を目的とするならば、悲惨な農民でなく、不幸な億万長者に手を差し伸べなければならない。この億万長者は自らの財産を費やすことによって、内面に隠れる不幸を追い払えばすむことである。家族や友人との関係という変数が主観的幸福感の要因であれば、公的支援にできることはかぎられる。自助というのもガバナンスの方法である。自助は本人が自由であれば実現する。ならば、自由をグローバルガバナンスの目的にすればよい。


[1] ベンサム、「道徳および立法の諸原理序説」、山下重一訳、関嘉彦編、『ベンサム J.S.ミル』、中央公論新社、1979年、82ページ。

[2] ベンサム、「道徳および立法の諸原理序説」、84ページ。

[3] ベンサム、「道徳および立法の諸原理序説」、82ページ。

[4] ベンサム、「道徳および立法の諸原理序説」、148ページ。

[5] ベンサム、「道徳および立法の諸原理序説」、109ページ。

[6] ミル、「功利主義論」、伊原吉之助訳、関編、『ベンサム J.S.ミル』、468ページ。

[7] ミル、「功利主義論」、470ページ。

[8] A・H・マズロー、『改訂新版 人間性の心理学』、小口忠彦訳、産業能率大学出版部、1987年。

[9] アマルティア・セン、『不平等の再検討』、池本幸生、野上裕生、佐藤仁訳、岩波書店、1999年、60ページ。

[10] セン、『不平等の再検討』、60-61ページ。

[11] セン、『不平等の再検討』、64ページ。

[12] 国際政治学では次のものが知られる。C・ベイツ、『国際秩序と正義』、進藤榮一訳、岩波書店、1989年。

[13] F・A・ハイエク、『法と立法と自由Ⅱ 社会正義の幻想』、新版、篠塚慎吾訳、春秋社、1987年、32ページ。

[14] キャロル・グラハム、『幸福の経済学』、多田洋介訳、日本経済新聞社、2013年、48-49ページ。

[15] グラハム、『幸福の経済学』、73-74ページ。

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帝国主義
人間の注意が自らの周囲にしか行き届かないのであれば、よその国まで経営する帝国主義は資源を有効活用できない。それゆえ、抑圧された人々が一斉に立ち上がることになれば、経営の損得勘定はたちまち行き詰まる。それにもかかわらず、一時代、世界を覆いつくしたのは、単に戦争に勝っただけでなく、経済的利益と政治的支配を巧妙に両立し、強者に都合よい思想、つまりヘゲモニー、を使って正当化したからである。今回のテーマは…
なぜ自由を指針とするべきか?
客観的幸福も、主観的幸福も、ガバナンスの指針としては不十分であると論じた。では、どのような指針が適当であるのか? 持続可能な選択の自由という考え方を筆者は支持する。長所も、短所も、それにはある。これを説明することが今回のテーマである。 手始めに、認識論での長所を説明する。選択の自由を論じることは幸福それ自体を論じるよりもたやすい。二つの理由がこれにはある。 一つは、幸福は主観性を排除するのが難しいが…
会議外交
永遠平和の功利性に対する異議は、実行できないこと以外には何もない、とベンサムは書いた。そして、それを実現するには、議会を作って各国から代議士を出し、意見交換させればよい、と提案した[1]。もちろん、それは実現しなかった。なぜなら、死後、出版されたその論文が実際に書かれたのはフランス革命が始まろうとしていたころで、まだ絶対君主の時代であったからである。 今回のテーマは、19世紀外交を旧外交および会議外交…

私もコンプレックス

「つり目」(slanted eyes)とフィンランドのミスフィンランドや国会議員がネタにしたことが非難されている。「人のふり見て我ふり直せ」というのが感想だ。

“How to Spot a Jap”という中国人と日本人の見分け方についての漫画のパンフレットが戦時中に作られた。「つり目」は日本人を中国人から見分けるための目印だった。

だから「つり目」には悪意がこめられている。人種差別のレッテルが貼られてしかるべきだが、日本の戦争責任が関わるので、こちらにも後ろめたいところがある。

シカゴトリビューンにも”How to Spot a Jap”は転載されて、かなりの数の人々が読んだと考えられる。長いあいだかけて、世界中に広まった偏見なのだ。

小銭が落ちるのはKDP

コンテンツつまり著作権を守るのには気をつかう。本サイトの「グローバルガバナンスの教科書」は国会図書館に『私家版教科書グローバルガバナンス』のタイトルで旧版が寄贈されている。訴訟になれば証拠として使うつもりだ。

コンテンツを売ることは財産権の主張にもなる。残念ながら私の場合、収益化はならなかったが。

それでも毎月100円くらい入ってきたのがアマゾンのKDP(Kindle Direct Publishing)だ。サブスクしている方が数ページ読んでくれるだけで収入になる。敷居の低さが魅力だ。少額でもきちんと確定申告で納税した。

その他のKindle出版やオンデマンド出版はまったく収入にならず、赤字のまま。

勤務先大学の学生に買わせることは絶対、しなかった。PDFを授業に関係ある部分だけ配布した。今後もこれは続けるつもりだ。

ブログでの公開は自分の考えを社会に伝えるのが目的。サイトに広告を入れようとしているのはサーバー使用料などコストとリスクへの対策費。

「有用」なコンテンツと認められればいいが……

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