Keenleyside, Hugh L. Memoirs: Hammer the Golden Day (Volume 1, 1981).

(要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook)

前回の第8章に引き続き、外交官ヒュー・L・キーンリーサイドの回顧録(第9章)から、カナダ公使館が本格始動した当時の様子や、彼が目撃した激動の昭和初期の日本を分かりやすく要約してお届けします。

1. 公使館の開館と、強烈な個性を放つマーラー公使夫妻

公使館の開館式には全カナダ人などが招待され、日本での活動がいよいよ本格化します。1929年夏にはついにマーラー公使夫妻が来日しますが、この公使夫妻の強烈なキャラクターが公使館内で様々な波紋を呼びました。

名家出身の公使夫人は階級に対する古い考えを持ち、自分たちを「閣下」と呼ぶよう訓令を出したり、返信用封筒に自ら「閣下」と書き込んだりするほどでした。公使自身も人間性に欠ける面があり、勲章の授与(叙勲)に強くこだわるなど問題行動が目立ち、最終的には本国の次官から「閣下」の使用を禁止されてしまいます。しかしその一方で、公使は太っ腹で優しく、自ら資金を工面して立派な公使館を建設するなど、確かな業績も残しました。

2. 日本文化の体験と、荒れる帝国議会

外交活動の一環として、筆者は日本の豊かな文化や歴史にも触れています。静岡での美しい茶畑や茶摘み、料亭での芸者の舞踊にくわえ、宮内庁の招待で皇居での鴨猟や岐阜での鵜飼いなど、日本ならではの伝統行事に参加しました。

一方で、政治の舞台である帝国議会(衆議院)では、政党の激しいヤジが飛び交い、なんと議場に蛇がまかれる事件まで起きるなど、代議制の悪質で混沌とした一面も目撃しています。

3. 幣原喜重郎・吉田茂との交流と、軍部の台頭

日本の要人たちとの深い交流も描かれています。満州事変後に平和的解決に尽力した幣原喜重郎外相には「思慮深さのオーラ」を感じ、穏健派の旧友であった吉田茂(のちの首相)とは海軍軍縮をめぐって激しい論争を交わしつつも、私邸で晩餐を共にするほどの親交を結びました。

しかし時代は暗い影を落とし始めます。ロンドン海軍軍縮条約に対する軍部の怒りから、経験豊富な層が退き、世間知らずで過激な若手将校たちが台頭していきました。彼らの引き起こした事件が満州事変へと繋がり、やがてあの原爆投下を招く「暗い谷間の時代」へと突き進んでいく様子が克明に記録されています。

4. 昭和初期の「リアルな日本」と社会問題

当時の日本経済と社会の暗部に対する冷徹な観察も、この章の重要なポイントです。1930年代に入り日産やトヨタといった国産車の歴史が幕を開けるなど産業が発展する一方で、労働者への政府の支援はなく、小作人は飢餓に苦しみ、村や家族のために娘が身売りされる悲惨な現実がありました。

西洋人にも有名だった吉原などの赤線地帯は、昭和になるとどぎついネオンが輝くようになり、筆者はその様子や女性たちを目の当たりにして「不快だった」と日記に書き留めています。また、筆者自身も引っ越し先で3度も強盗に入られ、強盗犯と直接出くわしたものの、証言をしなかったため犯人が釈放されたという驚きの私的エピソードも語られています。

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