Keenleyside, Hugh L. Memoirs: Hammer the Golden Day (Volume 1, 1981).
(要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook)
これまで日本の滞在記を中心にお届けしてきたキーンリーサイド回顧録ですが、第15章では舞台が母国カナダへと移ります。エドワード8世の退位や国王ジョージ6世の北米行幸という華やかな王室外交の裏で、ファシズムが台頭し、第二次世界大戦へと引きずり込まれていく悲痛な開戦前夜の様子が描かれています。
1. 激動の1936年と秩父宮一行への随行
本国カナダに戻った筆者は、外務省米州極東局で多忙な日々を送りつつも、オンタリオ州の農場を借りて家族と充実した夏を過ごしていました。しかし1936年、イギリス王室を揺るがす「エドワード8世の退位」という大事件が起きます。筆者は、王の結婚を非難する一方で愛人の存在には目を瞑る教会の偽善に怒りを覚えつつ、退位後のウィンザー公爵の変わらぬ愛を日記に書き留めています。 翌1937年、ジョージ6世の戴冠式に日本の秩父宮一行が参列した際、筆者は往路・復路ともにカナダを経由する一行に随行しました。帰路では中国系住民による反対デモの懸念が高まっており、鉄道から船への乗り換えや騎馬警察の配置など、安全のための厳重な警備調整に奔走することになります。
2. 日系人排斥運動と不法移民調査の真実
秩父宮の訪問が無事に終わった後、筆者を待っていたのは「日系人排斥」という重苦しい国内問題でした。戦間期のカナダではスパイ疑惑や不法移民の告発が激化しており、筆者は不法移民を調査する委員会の議長に就任します。 筆者たちはブリティッシュ・コロンビア州の農林水産業地域で標本抽出を行い、緻密な調査を実施しました。その結果、1862人の日系人を調べたうち、不法滞在者はわずか8人しかいないことが判明したのです。日系人の不法移民は全体でも100人を大きく超えることはなく、排斥運動の根拠となっていた告発のほとんどが無根拠なものであったことを、筆者は冷静なデータで突き止めました。
3. 国王ジョージ6世夫妻の歴史的北米ツアー
1939年春、世界大戦が目前に迫る中、筆者は国王ジョージ6世夫妻(現エリザベス女王の両親)をカナダに招待する委員会の書記という大役を任されます。 国王の訪問先の選定、報道機関の厳しい要求への対応、特別列車の部屋割りなど、その準備は困難を極めました。旅のストレスに耐える健康状態の優れない国王と、完璧な振る舞いでカナダ人を魅了する王妃の姿を、筆者は間近で観察しています。さらにアメリカ訪問にも随行し、ルーズベルト大統領の紹介で有力者と面会したり、国王がコーラとホットドッグを堪能したりと、気さくで秩序正しい歴史的な親善の場面に立ち会いました。
4. 第二次世界大戦の勃発と中立をめぐる苦悩
華やかな国王行幸の背後で、文明の危機は確実に迫っていました。イギリスが戦争に巻き込まれた際、カナダは法的に中立を保てるのかという激しい論争が政府内で巻き起こります。 当時のキング首相は融和政策を支持して戦争への明確な策を持たず、欧州問題に対して責任感を抱いていませんでした。一方、筆者はラジオでヒトラーの演説を聴き、もはや戦争は避けられないと確信します。そしてついにイギリス政府が交戦状態を発表した開戦の日、第一次世界大戦のときのような熱狂や興奮はなく、カナダ政府が対応を決めかねる中、オタワの街を包んでいた重苦しい空気が克明に記されています。
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