Keenleyside, Hugh L. Memoirs: On the Bridge of Time (Volume 2, 1982).
(要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook)
今回は、ヒュー・L・キーンリーサイドの回顧録もいよいよ第2巻『Memoirs: On the Bridge of Time (Volume 2, 1982)』です。その第5章では、日米開戦から、カナダにおける日系人の強制収容という暗い歴史、原爆投下、そして戦後の日本占領政策に至るまで、激動の太平洋戦争期が克明に描かれています。
1. 太平洋戦争の勃発とカナダのいち早い宣戦布告
日中関係の悪化に伴い、カナダは日本の資産を凍結し、駐日公使を空席のままにするなど対日関係は冷え込んでいきました。独ソ戦の開始を見た筆者は、日本が「南進」するという予想を立て見事に的中させます。 そしてついに真珠湾攻撃の報をニューヨークで知った筆者はオタワへ直行し、国王の承認を得て対日宣戦布告を行います。驚くべきことに、この時カナダはアメリカやイギリスよりも早く行動を起こしていたのです。開戦後、外務省の全努力は戦争の実行へと向けられました。
2. 日系カナダ人へのデマと理不尽な強制収容
この章で最も重いテーマとなるのが、カナダ国内(特にブリティッシュ・コロンビア州)での日系人に対する迫害です。開戦後、日系人が「スパイである」「漁業や農業を独占している」といった無根拠なデマやヘイトが、ラジオなどを通じて急速に広まりました。 政府の委員会が再調査を行っても、日系人による転覆活動の証拠は皆無でした。しかし、人種的偏見に基づく敵意と暴動への恐れから、連邦政府は全日系人の保護区域からの強制退去(強制移住)を決定してしまいます。日系人の財産は二束三文で処分され、彼らは農場やキャンプでの厳しい生活を強いられることになりました。
3. 正義を貫いた筆者と、キング首相との決定的な対立
筆者は、転覆活動の証拠が皆無である以上、強制移住は「不必要で不正義」であると強く主張し、カナダは勇気ある政策をとるべきだったと批判しました。しかし、この正しい主張は、大衆の感情を優先して日本に口実を作られまいとするキング首相を失望させることになります。 結果としてキング首相の不興を買った筆者は、対日交渉の担当から外されてしまいます。それでも筆者は、「昇進せずとも悔いなし」と、自らの信念を曲げなかった矜持を書き残しています。
4. 原爆投下の悲劇と、戦後日本の占領構想
戦争の終結を決定づけた8月6日の原爆投下について、筆者はそれが「何万人を救った」としつつも、別の方法で威力を示せば「虐殺は避けられた」はずの悲劇であったと複雑な思いを記しています。 さらに、終戦直後のアメリカ国務省内における対立にも言及しています。皇室や財閥を利用しようとする保守的な親日派(極東問題局長グルーら)に対し、筆者は、日本には「土地改革・財閥解体・新憲法が必要」であると強く主張しました。その後、筆者は駐メキシコ大使に任命され、長年関わってきた日本問題から離れることになります。
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