[このブログは2024年6月10日にnote.comで公開された。]
イギリス安全保障調整局(BSC)とは?、と問われれば、南北アメリカ・カリブにおけるイギリス隠密活動の総本部と答えよう。BSCは独自の電信網はもちろん、スパイたちの番所である秘密諜報部(SIS, MI6)の支部や国内治安機関のMI5職員が詰めていた各地の領事館を統括していた。トロント近郊のキャンプXはスパイ訓練施設だっただけでなく、カリブのバミューダと並ぶ通信拠点でもあった。公式記録『イギリス安全保障調整局』には、ニューヨークをハブとするスポークが米州各地の拠点に放射線状に伸びる印象的な地図が掲げてある。
同書に含まれる情報を気がつくままメモすることにする。
ウィリアム・S・スティーブンソン(WS)に命令していたのはチャーチル首相でなく、秘密諜報部長官「C」。
WSの最初の使命はFBIのフーバー長官との連絡。
イギリス本国のMI5、SIS、PWE(政治戦本部)、SOE(特殊工作本部)の指揮下。
1941年1月から正式にBSC。
PWEはインフルエンサーやメディアを使った合衆国への政治工作。
SISの女スパイ「シンシア」