Keenleyside, Hugh L. Memoirs: Hammer the Golden Day (Volume 1, 1981).
(要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook)
前章までに引き続き、外交官ヒュー・L・キーンリーサイドの回顧録をお届けします。第12章では、日本国内を飛び出し、朝鮮半島、ソ連(ウラジオストク)、そして緊張高まる満州・中国方面へと足を伸ばした「東アジア旅行」の記録が綴られています。満州事変前夜の緊迫した国際情勢や、各地のリアルな情景がスリリングに描かれています。
1. 朝鮮半島の素顔とカナダ人の活動
筆者はラングリーらと共に、朝鮮、沿海州、満州、内蒙古、華北を巡る東アジア旅行を計画しました。下関や釜山では写真撮影が禁止されるなど、当時の物々しい雰囲気が伝わってきます。 京城(現在のソウル)に到着後、現地の病院や大学を経営するカナダ人宣教師たちと面会し、日本の教育に対する朝鮮人の反発について証言を得ました。大多数の朝鮮人が小規模農業に従事しており、小さくて木製の鋤を使っている様子や、防風壁があり一軒一軒が離れている村の風景を観察しています。筆者は「日本の着物よりも朝鮮の白い衣装のほうが好きだ」と率直な感想も記しています。
2. ウラジオストク上陸とソ連の実態
一行は、朝食がおぞましいほど劣悪な「釜山丸」に乗って、ソ連のウラジオストクへと向かいます。上陸したウラジオストクは建物が素晴らしい一方で、革命により名称が変えられ、町の裏側には貧しさが広がっていました。 現地ではユダヤ人の外務人民委員を頼りにしつつ、宗教や帝政を攻撃するひどい宣伝映画を目撃します。筆者は「ロシアはひどいこともするが理想も追う」と冷静な分析を残しました。また、現地の貿易機関長と会談し、カナダ本国への果物輸出を提案するなど、実務的な外交活動も抜かりなく行っています。
3. 中ソ紛争下の満州と張学良の野心
その後、中東鉄道をめぐる中ソ紛争の戦場を通過し、中国兵や初めて見るラクダの隊列を観察しながら満州へと足を踏み入れます。ハルピンではイギリス総領事やデンマーク領事、銀行経営者らと大豆貿易などの通商関係について深く議論を交わし、当時の領事が日本を「満州の安定要因」と見なしていた実態を知ります。 奉天(瀋陽)では、順調な南満州鉄道の様子を目の当たりにし、張学良のオーストラリア人経済顧問と面会しました。経済顧問からは、張学良が奉天の近代化や改革、満州での鉱山法の導入などに強い意欲を持っていることが伝えられました。
4. 新旧中国の闘争と、視察がもたらした成果
万里の長城を楽しみにしつつ北京へ向かった筆者は、イギリス公使館を訪問し、新旧中国の闘争や蒋介石について議論しました。新中国が勝てば西洋化が進展するだろうという見通しも語られています。 その後、京都や神戸を経て日本へ帰還しますが、京都に対しては「近代化に遅れている」と感じたようです。また、留守を任せていたカークウッドからは、北海道のアイヌの状況や、女性が鉱山で労働している実態についての報告を受けました。 この広範な北東アジア訪問で得た知見は、のちに勃発する「満州事変」について、筆者が本国へより正確な報告を行うための大きな助けとなりました。
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