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トランプ外交という「サブスク」

トランプ大統領にとって外交はビジネスだ、と喝破しても、もう皆、知っていて誰も驚かない。同盟国は尊重されないし、人権を無視する国とのつきあいも平気の平左だ。

そのマネタイズの方法が最近わかってきた。――ウィトコフ特使とカタールだ。

ウィトコフ特使はもともとガザ紛争をめぐり、イスラエルとハマスの停戦を探ってきた。カタールはウィトコフとともに仲介者となり、首都ドーハは会合地として注目の舞台になっている。

ウィトコフ家は不動産業者で、第一次トランプ政権以来、カタールの国家基金などとビジネスパートナーであり、投資を受け入れてきた。ウィトコフ家はもうかり、カタールの国際地位は上がり、まさにウィンウィンだ。以上については下の『ニューヨークタイムズ』の記事を読んでほしい。

https://www.nytimes.com/2025/09/26/business/witkoff-son-qatar-gaza.html?unlocked_article_code=1.0U8.IPGE.yBpn5Adlsqk6&smid=url-share

さらに、ロシアとウクライナの和平案もとりまとめようとするウィトコフ特使の動きが注目されている。これも『ニューヨークタイムズ』へのリンクを貼る。外交の拠点はやはりカタールだ。

https://www.nytimes.com/2025/11/26/us/politics/trump-ukraine-peace-deal-witkoff.html?unlocked_article_code=1.4U8.E42B.Yd_uQ4ygu81e&smid=url-share

かつて「ドル外交」とは米国自体が資金を費やし、影響力を広げることだった。実業家出身の外交官も、バルーク、ロックフェラー、ハリマン、と綺羅星のようだった。

今、外交は影響力を使って仲介料を集めるものに変わっている。困った国はトランプにサブスクすれば、一定額である程度の外交リスクを下げる便宜を得るだろう。しかし、外交はウィンウィンばかりでない。ゼロサムゲームで負けた側には米国への深い恨みが刻印される。

セキュリティクリアランスの重さ

先日、守秘義務について触れた。それで思い出したのがマンハッタン計画にアインシュタインを米政府が参加させなかった理由だ。

ベストセラーの伝記といえば『スティーブ・ジョブズ』と『イーロン・マスク』だろう。それらの著者ウォルター・アイザックソンは次のように書いている。

Isaacson

Einstein never worked directly on the bomb project. J. Edgar Hoover, who was the director of the FBI even back then, wrote a letter to General Sherman Miles, who initially organized the efforts, that described Einstein’s pacifist activities and suggested that he was a security risk.

Isaacson, Walter. American Sketches: Great Leaders, Creative Thinkers, and Heroes of a Hurricane (English Edition) (p.155). Simon & Schuster. Kindle 版.

平和主義者なんかと付き合いのあるアインシュタインが関わると機密が漏洩する、と危惧されたらしい。アインシュタインは黙っていられない性格だ。彼がレオ・シラードのようにインサイダーだったなら、ヒロシマ・ナガサキも止められたかもしれない。

国家活動から機密事項をすべて除去することはできない。機密を守るということは、手柄話も、名声も諦めることだ。そのかわり、勲章と俸給は惜しみなく与えるがよい。それでも満足できない人には別の仕事を探してもらおう。

RSFとは?

即応支援部隊(RSF)、と聞けば、国連や米軍の治安部隊か、と思ってしまう。それがスーダンで国軍と戦い、一時は首都ハルツームまで占領した。正体は反乱勢力だったのだ。現況はというと、ハルツームは失ったものの、トランプ大統領が呼びかけた停戦を受けいれ、ダルフールなどスーダン西部を確保している。

今世紀はじめ、凄惨な紛争がダルフールで起き、アフリカ系住民が虐殺された、と報道された。国軍とともに、ジャンジャウィードという民兵が虐殺に加わった。それこそ、即応支援部隊の前身だった。久々のメディア登場だが、これは何を意味するのか?

2019年にスーダンの独裁者オマル・アル・バシルが失脚した。即応支援部隊はその子分だった。現在の内戦は旧政権派が新政権を倒そうとしているのだろう。

即応支援部隊は暴れまわっているが、国際環境はけっして明るくない。友好的だったリビアのカダフィ政権も倒れ、同国は分裂している。ロシアはウクライナで苦戦し、アフリカどころでない。即応支援部隊は旗を見れば世俗主義者とわかるが、イスラム主義勢力は虎視眈々と状況を眺めているはずだ。

四半世紀も教員をしていると、知識がどんどん古くなっていく。「少年老い易く学成り難し」という。本来は、怠けていると一人前にならないぞ、という叱咤だが、時間の流れが速いので学問体系が完成しないうちに世界が変わってしまう、という諦観にも聞こえる。シジフォスの岩のように社会科学者は大成しない定めなのかもしれない。

マッツ・ブリュガーの最新作

BBCでマッツ・ブリュガー(Mads Brügger Cortzen)のドキュメンタリーがシリーズで放映されている。

BBC Four – The Black Swan

日本では視聴できないが、デンマーク版はすでに放映済なので、翻訳されて上映か配信されるだろう。なぜなら、彼の『誰がハマーショルドを殺したか』と『THE MOLE ザ・モール』は日本語版のDVDが出たからだ。配信でも、DVDでも、ぜひ観たい。

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しかし、過大な期待はしていない。隠し撮りなどで秘密が暴かれる興奮は楽しみだ。しかし、歴史のページを書き換えることはないだろう、と高をくくっている。

はじめてマッツ・ブリュガーの作品に接したのは2011年のThe Ambassadorだった。外交特権を利用してダイヤモンドを密輸し、濡れ手に粟、というスリリングな筋だった。このスキャンダラスな外交の実態は教育上の価値ありだ、と食い入った。しかし、ラストで、なぁんだ、となる。その後の作品もこれがお決まりで、ある意味、安心して観ていられる良質なエンターテイメントだ。

今回、The Black Swanを買いつけたBBCさんのお眼鏡が確かならば、また興奮させてくれるだろう。

ふるさと納税こと税金対策を済ませた

料理とか、育児とか、明るい話題を書きたいと思ってはじめたブログだが、ついつい暗い話題になってしまう。

今日はふるさと納税の話題でこの空気を振り払おう。

重いローンから生活を守るため、3年前から無洗米の返礼品がもらえる寄付をしている。

  • 3年前は北海道から「ゆめぴりか」12か月10kgの定期便。
  • 去年は新潟県から「こしひかり」12か月5kg。
  • そして今年は秋田県から「あきたこまち」11か月5kg。

どの品種もおいしいのだが、ほぼ同じ寄付額なのに返礼品の市場価値は下がる一方。米価上昇のせいだ。

とはいっても、主食の費用としては高すぎるわけでない。しばらくまえは、インバウンドの中国人のせい、との奇怪な説がはびこっていた。1年の訪日客4000万人が10日滞在するとして、365日で割ると110万人弱。総人口の1パーセントに満たない。

どう考えても元凶は円安だ。小麦など商品価格が今世紀になって上がり続け、最後の牙城だった米にようやく波及したのだ。

あまり明るい話題じゃなくてごめんなさい。

Jアラートの「オチ」

『民間防衛』の話題を続ける。日本で身近な民間防衛といえばJアラートだ。

はっきり言って、いままで鳴り響いてきたJアラートのすべてが不要だった。北朝鮮が発射した飛翔体は爆弾を積んでいない。残骸が人や船に当たる確率は皆無でないが、それをいうならば世界で打ち上げられる飛翔体のすべてにJアラートを発報しなければならない。北朝鮮にたいしてだけJアラートを鳴らすのは、無根拠な恐怖心を増すだけだ。

Jアラートそのものが不要なのか? 国民自身、必要性を信じていない。防災訓練で地震だけでなく核攻撃からの避難をどれだけ全国の学校は実施しているだろうか? 冷戦時代には、第三次世界大戦で全員死ぬのだ、という諦めがあった。その知識が残っているのだろう。皮が溶け、目玉が飛び出て、白血病で死ぬ、と。

それにもかかわらず、Jアラートは避難しろと言う。内閣官房のウェブサイトを確認する。

弾道ミサイル飛来時の行動に関する普及啓発資料 – 内閣官房 国民保護ポータルサイト

広島市や長崎市のウェブサイトなど、情報源は核兵器の被害は熱、爆風、火災、そして放射線によると述べる。

熱について、スイス政府の『民間防衛』は数百万度の火球から光速の熱線が発せられ、人は失明するとする。しかし、避難所や溝で熱線を遮れば守られる、とする。Jアラートも次のように書く。

日本政府

近くの建物の中または地下へ

日本政府

物陰に身を隠す

または地面に伏せ頭部を守る

確かに、爆発まえに物陰に入れば失明は防ぐことができ、屋内に入れば体の水分は蒸発しないですむかもしれない。

では、地下鉄やビルに入れば大丈夫か? そう言えないのは、壊れた原爆ドームのさまを見ればわかるだろう。爆風はビルも崩すのだ。地下鉄もあてにならない。モスクワや北京の地下鉄は核シェルターの機能を有すると聞いたことがあるが、日本の地下鉄にそれはない。

日本政府

窓から離れる

または窓がない部屋へ

爆風はコンクリートで防げても、窓ガラスが割れて人体を突き刺し、そこから爆風が吹きこんで何から何まで突き飛ばす。さらに吹き返しが起こり、しばらくのあいだ続く。

爆弾の威力によっても変わるが、水爆ならば爆心地から十kmから数十kmは瓦礫の山になるだろう。爆風は避けられても、火災がダメ押しとなり、生存確率はほとんどない。

都市など攻撃目標の周囲にいる人はJアラートを待たず、核戦争が起こりそうならば疎開するべきだ。そう覚悟しても安心できないのは、奇襲の誘惑が非常に強いのが核戦争だから。30分では疎開はできない。

攻撃目標付近の人々にJアラートが有効であるためには、地下深くに核シェルターを掘ることだ。霞が関の地下にはすでに政府要人全員を収容できる核シェルターが存在する。実はJアラートは完璧なシステムで、日本の国家中枢はサバイブするのだ。

ーーこのオチはスタンリー・キューブリック監督の映画『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』から借りた。作り話なのでくれぐれも信じないように。

経済安全保障か? 経済自由か?

あの永世中立国のスイスが!? と話題になった本がある。同国法務警察長官が序文を寄せた『民間防衛』は外国への警戒を市民に強く訴えた。警戒の呼びかけは軍事にとどまらず、社会やスポーツにも及ぶ。もちろん、経済にもだ。引用する。

 全体戦争の今の時代においては、経済は、政治と戦争の基本的武器である。スイスが経済活動の面で外国に依存する状態にあることは、この点からいって重大な危険である。われわれの攻撃者となるかもしれない国に、われわれが必要とするものの供給を独占させることは、どうしても避けなくてはならない。
 スイスは、わが国の中立と安全の要求に合った開放通商政策をとる。そして、潜在的な敵が一ーわれわれの供給する武器を、将来われわれに向けることのないように、当局はわが国の輸出をチェックする。
 わが当局は、また、スイス所在の外国商業組織の代表によってなされるかもしれない政治活動に対しても、充分の注意をしている。各個人個人も、わが国を害するおそれのある経済取引は、すぺて、みずから避けるぺきである。(スイス政府、『民間防衛』、原書房編集部訳、原書房、1995年)

言い方は厳しいけれども、独占させるのは避けるべきだ、とか、チェックする、とか、注意をしている、とか、概して抑制の効いた呼びかけで、排外的な行動を促しているわけでない。

それにたいし、日本では大河原工業事件という冤罪事件が起きた。いわゆる軍民両用技術を無許可で輸出したという事案だ。起訴の拙速を慎まなければならないのは安全保障に限らないが、安全保障においてもっとも重要なことは警戒対象の意図を正確に理解することだ。意図を理解せず、反射的に法規を適用することは慎重であるべきだ。

現在、話題になっているスパイ防止法の制定に際しても、かつての軍機保護法が招いた宮沢・レーン事件のような悲劇を思い起こさなければならない。スパイの容疑でなりふりかまわず逮捕することにどのような価値があるのだろうか?

スパイ防止の観点からは、急いで逮捕するより二重スパイに徴用するほうがはるかに価値は高い。背後関係を調べ上げ、敵の中枢を罠にはめ、関係者を一網打尽にするのがプロの仕事だ。スパイ防止法を作るとしたら、刑罰よりも、違法的な捜査手法を例外的に許可する審査体制を築くとか、捜査のための予算を講ずるとかいったことが優先されるべきだ。

そもそも、「インテリジェンスのプロ」を称する元公務員がテレビなどのメディアで適当な話を並べ立てている国に未来はない。まず公務員の守秘義務を徹底させることが前提だ。

経済安全保障は第一に心がけで、規制や統制はそのあとだ。当のスイスも開放通商政策をとると宣言しているじゃないか。特に経済では自由が大原則だ。経済安全保障か? 経済自由か? という問いは二者択一でなく、両方、と答えるのが唯一の正解だ。

フリードリヒ・A・ハイエクは『隷属への道』で統制や計画は全体主義につながると警鐘を鳴らした。全体主義国家ならばもともと自由はないのだからそれでよいのだろうが、日本は自由主義国家なので、まず自由、つぎに安全保障、という立場を堅持しなければならない。

戦艦が来る

高市総理大臣が「戦艦を使って、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだと私は考える」と述べたことが話題となっている。中国がどのような戦艦を持っているのか私は知らない。

アメリカ合衆国の最後の戦艦はミズーリで、1992年に退役した。パールハーバーに展示されているので、今年の8月15日(日本時間16日)に見学した。

口径40cmの主砲から何十kmも砲弾が飛ぶのだから確かに恐ろしい。

太平洋戦争の降伏文書が署名された場所であることでも有名だ。

神風特攻機が激突した痕跡。少しへこんでいるだけ。一命をなげうった自己犠牲の精神には言葉もない。合掌。

そのまえを子供が通りすぎようとしたので、「手を合わせなさい」と注意。個人道徳はあくまで愛国的。しかし、国家政策はあくまで科学的に。もちろん、米兵を慰霊するアリゾナ記念館でも黙祷した。 

平和は尊いものだが、もろいものだ。そのことをかみしめた戦後80年だった。

経済官僚の悲劇

『宋名臣言行録』の最後は王安石で飾りたい。

彼は花鳥風月の描写に長けた詩人だった。

王安石

月は花の影を移して欄干に上らしむ

(王安石、清水茂、『王安石』、岩波書店、1962年、p.76)

王安石

春風は自のずから江南の岸を緑にす

(王安石、清水茂、『王安石』、岩波書店、1962年、p.77)

蘇軾のような大胆なストーリー展開はないものの、細やかに自然の動きを捉ええた。

王安石

一鳥鳴かずして山更に幽なり

(王安石、清水茂、『王安石』、岩波書店、1962年、p.86)

鳥をまぶたの裏で想起させながら結局、鳴かせない演出は定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」と似た幽玄の境地だ。

王安石は耽美で終わる人でなく、社会の現実を直視せずにいられない人だった。民の貧困を描く詩は多い。しかし、白居易の「人、人を食らう」のような度肝を抜く句は生めず、閑適の詩人とみなされる。

こうした現実から目を背けない姿勢ゆえに、王安石は強く理想を求めた。歴史のなかの彼は新法派のリーダーとして教科書に登場する。新法派の革新官僚と守旧派の郷紳階級との対立は党争に発展し、北宋の衰退を招いたとされる。

新法が経済政策に関わるものだったことが不評の一因だった。ようやく王安石が再評価されたのは革命中国と高度成長期の日本だった。前者は地主階級への敵意が、後者は財界の地位向上が背景にあり、田沼意次の復権とも軌を一にした。

非難にも屈しなかった心のよりどころは『孟子』だった。王安石は孟子を理想主義の同志とみなし、「孟子」と題した詩を作った。

王安石

何ぞ妨げん 迂闊を嫌うを

故より斯の人有って寂寥を慰む

(王安石、清水茂、『王安石』、岩波書店、1962年、p.48)

「迂闊だなんて言われたってかまわない。孟子がいたんだから寂しくはない。」

この理想主義が彼を改革にこだわらせ、世間から頑固者やひねくれ者とそしられる原因になった。元来、経済政策は儒教の軽んずるところであり、保守派の本音は「余計なことをしてくれるな」だった。

朱熹は王安石の政敵だった司馬光を持ち上げ、王安石には悪意の筆誅を加えた。

朱子

王荊公、晩年、鐘山書院において、多く福建子の三字を写す。けだし呂恵卿に悔恨するものにて、恵卿のために陥れらるるを恨み、恵卿のために誤らるるを悔ゆるなり。山行するごとに多く恍惚として独言すること狂者のごとし。(朱熹、諸橋轍次、原田種成、『宋名臣言行録』、第3版、明徳出版社、1980年、p.143)

呂恵卿という部下に裏切られて引退し、その男の名前を書いたり、つぶやいたり狂人のようだった、というが、真実の王安石は花鳥風月を美しく詠んでいた。新法の功罪は私には評価しかねるが、王安石の執念と無念は理解できないわけでない。

ーー『宋名臣言行録』には納得できない点もあるが、論争的なところも魅力だ。

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