Keenleyside, Hugh L. Memoirs: Hammer the Golden Day (Volume 1, 1981).

(要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook)

前章までに引き続き、ヒュー・L・キーンリーサイド回顧録から第14章の要約をお届けします。この章では、ついに1941年の破局(日米開戦)に向かう日本の暗い世相と、筆者の日本離任が描かれます。さらに舞台は母国カナダへと移り、アクの強い政治家たちとの交流や、迫り来る大戦に備えた外務省の近代化の様子が記録されたボリューム満点の章です。

1. 暗い予感と狂騒の1930年代日本

1933年の筆者の日記は、軍需の増加や、1941年の崖(破局)へと向かう情勢といった「悪い予感」から始まります。犬養毅暗殺事件の犯人に対して海軍大臣が「改悛させることが希望」と甘い対応を見せたことや、共産主義者が大量逮捕されたことに対し、筆者は強い皮肉を感じていました。 一方で、劇作家バーナード・ショーが来日するという文化的な出来事もありましたが、ショーは「八雲の美を待っていたが地獄だった」と当時の日本を痛烈に批判しています。やがて日本は国際連盟を脱退し、他国との安保や軍縮を拒絶して孤立の道を深めていきました。

2. 家族の病、貿易戦争、そして日本との別れ

公使館内部でもトラブルは絶えません。日加間で貿易戦争の危機が迫る中、マーラー公使は腹膜炎などの病気で入退院を繰り返し、興奮して我を忘れるなど、筆者たちを振り回しました。さらに、筆者の娘が骨折し、息子がペルテス病にかかるなど、家族の深刻な健康問題も重なります。 そして1936年の1月末、筆者一家はついに日本を離れる決意をします。美しい自然と優しい人々に後ろ髪を引かれながら、「さよなら」の本当の意味を噛み締め、世界大戦へと距離を広げていく日本に別れを告げました。

3. キング首相の「裏の顔」と政界の人間模様

嵐の航海を経てオタワに帰国した筆者を待っていたのは、マッケンジー・キング首相のもとでの任務でした。筆者はキング首相を「カナダを大国に近づけた偉人」と高く評価しつつも、その複雑な内面を赤裸々に暴露しています。 人類愛を語りながら個々の人間には無関心であり、貧しいと自称しながら実は金持ちだったことや、買春疑惑、ビタミン剤を贈った某夫人との関係など、裏の顔が次々と明かされます。スケルトン次官の遺体を前にして一人狼狽する姿など、権力者の人間臭いエピソードが綴られる一方、時代に逆行して没落した最大の政敵アーサー・メイゲンに対する冷徹な人物評も読みどころです。

4. 大恐慌の祖国と、外務省の近代化

帰国後、筆者はカナダ全土で極東問題に関する講演ツアーを行い、大恐慌が国中に与えた苦しみを目の当たりにします。 同時に、戦争の脅威が迫る中、カナダ外務省は組織の拡大と採用増を迫られていました。外務省の選考委員となった筆者は、それまで採用で不利だったフランス語圏(ケベック州)出身者を意識的に登用したほか、見過ごされがちだった女性や、学者、外務経験者など多様な人材の採用を力強く推し進めました。

広告 仕事がはかどるIKINセレクション

プライバシーポリシー

© 2026 Ikuo Kinoshita

なぜ自由を指針とするべきか?
客観的幸福も、主観的幸福も、ガバナンスの指針としては不十分であると論じた。では、どのような指針が適当であるのか? 持続可能な選択の自由という考え方を筆者は支持する。長所も、短所も、それにはある。これを説明することが今回のテーマである。 手始めに、認識論での長所を説明する。選択の自由を論じることは幸福それ自体を論じるよりもたやすい。二つの理由がこれにはある。 一つは、幸福は主観性を排除するのが難しいが…
Geminiさんの答案 研究各論(国際政治経済)2024年度前期
カーボンフットプリント(CFP)という概念がある。「製品・サービス1のライフサイクルにおける温室効果ガス排出量をCO2量に換算し表示するもの」と定義される。 経済産業省と環境省によると、CFPは下のように算定される。 「CFPは製品のライフサイクル(原材料調達、生産、流通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクル)におけるGHG排出量をCO2量に換算し表示するものです。以下の流れで算定します。 ① 算定対象製品のライフサイ…
カナダ公使館の本格始動と昭和初期の日本 ヒュー・L・キンリ―サイド『回顧録 黄金時代を打ちだす』第9章
Keenleyside, Hugh L. Memoirs: Hammer the Golden Day (Volume 1, 1981). (要約:木下郁夫 / 文章化:Gemnini Notebook) 前回の第8章に引き続き、外交官ヒュー・L・キーンリーサイドの回顧録(第9章)から、カナダ公使館が本格始動した当時の様子や、彼が目撃した激動の昭和初期の日本を分かりやすく要約してお届けします。 1. 公使館の開館と、強烈な個性を放つマーラー公使夫妻 公使館の開館式には全カナダ人など…
G7
https://youtu.be/QcLlwM28N2U G7、すなわちグループ・オブ・セブン、はかつて日本語では「先進国首脳会議」と訳された。7か国以外にもスイスや韓国といった先進国があるので、もうこの訳語は不適切であるのであろう。現在は、「主要国首脳会議」が正式の訳である。これにはこれで、中国やロシアはどうなのか?、といった異議が出るかもしれない。さらに「サミット」だけでG7を指すことがあるが、サミットは首脳会議の意味の普通名…
ルワンダ難民を救え!
(表紙の画像はAIによって作成された) 「外交筋」という表現がある。情報源をボカシているのは確かなのだが、ディープでそれなりに信頼できる情報というイメージだ。1994年春の虐殺から始まった悲劇については雲をつかむところがあり、犠牲者数数十万などという数字が独り歩きする。外務省の記録を読むと、それなりに具体的な情報が外交筋では流れていたことに驚かされる。たとえば、佐藤ギン子駐ケニア大使(ルワンダ兼任)はナイロ…