覇権国は古代ギリシャのヘゲモンが語源で、他国を軍事的に支配する国のことである。それを好意的に解釈して、人々を導く指導国のことと理解することもある。今回のテーマは、「次の覇権国」について論じなさい、である。

大国の興亡は権力者たちのむなしい栄枯盛衰にすぎないと思われるかもしれない。しかし、これもグローバルガバナンスと大いに関係がある。

現実主義の父は誰かと問えば、マキアベッリか、ホッブズか、カーか、それともモーゲンソーかと取りざたされる。しかし、古代ギリシャのトゥキュディデスという説もある。彼の『戦史』は紀元前5世紀のペロポネソス戦争を叙述した。その戦争の原因は、敵の力が拡大していく恐怖感にあった、と彼は記した。

あえて筆者の考えを述べると、アテナイ人の勢力が拡大し、ラケダイモン人に恐怖をあたえたので、やむなくラケダイモン人は開戦にふみきったのである[1]

ラケダイモンとはスパルタのことであり、ペロポネソス同盟の盟主であった。強い兵隊と厳しい教育で有名である。

ペロポネソス戦争の歴史とはこうである。ある小国の政治にアテナイ派の国とスパルタ派の国の両方が介入した。盟主のアテナイ自らが重い腰を上げて兵を動かした時、スパルタもアテナイの力が拡大することを恐れ、同盟一丸となって参戦した。ギリシャ世界全体が巻き込まれる大戦争になった。一度、両者は休戦したものの、アテナイは矛先をシチリア島に転じて再び攻めに出た。アテナイは勝利できず、覇権国の地位から滑り落ちた[2]

この話には現代人を引き付ける要素がある。アテナイがアメリカ合衆国に似ているのである。ともに民主国であり、海軍国であり、文化が栄える。デロス同盟の盟主であったアテナイとNATO(北大西洋条約機構)の盟主であるアメリカ合衆国との一致もある。トゥキュディデスは二千年以上も前に、覇権国の没落という今日とつうずるテーマを描いたことになる。

覇権国はいかに没落するのか? そして、それ以前にいかに興隆するのか? ジョージ・モデルスキーというアメリカ合衆国の学者は長期循環論を唱えた。グローバル戦争が起こり、勝ち残った国が世界大国になり、やがて挑戦国が現れ、世界大国は没落に向かう。歴史はこれの繰り返しである、というのがその要点である。

モデルスキーの理論の特徴は、シーパワー(海上権力)が重要であると考えたことである。世界の海は一つにつながり、かつ、軍艦は短期では補充できないので、グローバル戦争の勝者である世界大国にシーパワーが集中する傾向がある。彼が挙げる歴代の世界大国、すなわち、ポルトガル、オランダ、イギリス、そしてアメリカ合衆国、はすべて海軍国である[3]。このラインナップには違和感を抱くかもしれない。特に、スペインでなくポルトガルを、フランスでなくオランダを入れたことについてである。

各時代の世界大国に、挑戦国が立ち向かった。ポルトガルにはスペイン、オランダにはフランス、イギリスには1度目はフランス、2度目はドイツ、そしてアメリカ合衆国にはソ連である。挑戦国はいずれも陸軍国である[4]。モデルスキーのものにかぎられないが、覇権の交代を扱う議論に共通するジンクスがある。つまり、挑戦国は覇権国になることができない。覇権は転覆されるのでなく、受け継がれるのである。

モデルスキーの説明は理論というより、大国の盛者必衰を平家物語よろしく語りきってみせた、という感じがしないわけでない。壮大な歴史のすべてを説明しようとするあまり、科学的なメカニズムが厳密に検証されていないのである。

初めて、力の移行を理論にとりこんだアメリカ合衆国の学者はA・F・K・オーガンスキーである。彼は工業化、すなわち産業革命、に注目する。それは経済・人口・政府効率における国力の格差を大きくし、突出した力を持つ支配国を出現させた。他の国々は、勢力均衡の政策だけではもはや対抗しえなかった。力の移行とは、支配国が失墜するとともに挑戦国が出現し、世界大戦が起きることである。20世紀前半に当てはめると、イギリスが失墜するとともに米・独・日が台頭し、第二次世界大戦が起きた。戦後は、アメリカ合衆国のリーダーシップにソ連・中国が挑戦する時代へと移行した[5]

移行のポイントはいつなのか? それは不満国の力が満足国の力に接近する時である。オーガンスキーによると、国際秩序は支配国、大国、中級国、小国、そして植民地に分けられる。国の数という観点では、 国際秩序は、少数の支配国と大国が頂点にあり、多数の小国と植民地が底辺にあるピラミッドの形である。それを力の観点から見直すと、上層の支配国と大国は大きく、下層の小国と植民地は小さくなり、頭でっかちの逆ピラミッドになる。下層にはつねに不満がたまっており、支配国の力が衰えると、逆ピラミッド全体に占める不満勢力の力が満足勢力の力に近づき、支配国と挑戦国との世界大戦が起きる[6]

ロバート・ギルピンの理論でも、力の格差ある成長は支配国の交代を迫るが、彼はそれをシステム理論の用語を使って述べる。均衡状態であったシステムにおいて、成長の差は不均衡を生む。この危機を解決するものは覇権戦争であり、勝者が覇権国になる[7]。彼は歴史上、覇権国はイギリスとアメリカ合衆国しかなかったとしていて、より多くの覇権国が存在したとする覇権循環論とは距離をとる。彼の理論が覇権安定論と称されるのは、覇権がしっかりしている間はシステムには危機が起こらず、安定すると主張するからである。

ギルピンとオーガンスキーとの最大の違いは、前者が国際ガバナンスについての理論を持っていたことである。ガバナンスとは国内的にも、国際的にも、公共財を供給することである。国内では、それを行うのは政府の権威であり、国際的には覇権国の威信である[8]。小国はいわばそのクライアント(顧客)であり、ヒエラルヒーのなかでの上下関係に甘んじる代わりに、覇権の恩恵を受ける。覇権国が供給する公共財は安全保障と経済秩序である。米軍の威信によって世界平和は維持され、自由貿易の政策により、クライアントは経済的な繁栄を得る。

ギルピンの言うように、小国が大国の安定した支配によって恩恵を受ける側面もあることは否定できない。しかし、覇権安定論には少なくとも二つの欠点がある。一つは、覇権国を脅かす存在である挑戦国は何の利益も受けることができない。覇権国は小国からの貢献を独占してしまうので、不満な挑戦国は粗野な行動によって利益を得ようとする。この見方からすれば、公共財やガバナンスという言葉は覇権を不当に美化する。挑戦国や見捨てられた小国にとって、それらは公共財ではありえない。覇権国とそのクライアントだけに利益をもたらすクラブ財である。

もう一つの欠点は、覇権の費用についてである。覇権国は自らに有利なルールを採用できるので、損はしないことになっている。ポール・ケネディの『大国の興亡』が指摘したように、軍事的支配の負担は相当に重いという疑いがある。

アメリカは―中略―世界の「ナンバー・ワン」の位置を占めるすべての国の寿命に挑戦する二つの大きな試練を避けることはできない。すなわち、軍事戦略の領域では、自国が要請される防衛力とそうした責任を維持するために自国が保有する手段とのあいだのバランスを保てるか否かという問題があり、それと密接に関連することだが、つねに変化していくグローバルな生産のパターンに対応して国力のテクノロジーおよび経済の基盤を相対的な侵食から守れるかどうかという問題である。―中略―現在のアメリカは、かつての大国の興亡を研究する歴史家にはなじみの深い、いわば「手を広げすぎた帝国」の危険をおかしているのである[9]

なお、『大国の興亡』が書かれた当時は冷戦中であったため、米軍は世界各地に多くの軍事基地を置いていた。ロナルド・レーガン政権は巨額な軍事予算を組み、財政赤字を垂れ流した[10]

『大国の興亡』日本版の表紙に描かれた挿絵は、頂点から降りる英米とそこに昇る日本であった。パクス・アメリカーナの時代が終わったら、どのような世界秩序が訪れるのか? 猪口邦子の『ポスト覇権システムと日本の選択』は、新たな覇権国も、挑戦国も現れない時代を予想した。彼女が提案したのは、パクス・ディプロマティカ、つまり外交による平和、とパクス・コンソルティス、つまりコンソーシアム型協議体制による平和、である。それは日本を含む国々が交渉によって利害調整を行う秩序である[11]

対照的に、ジョージ・フリードマンとメレディス・ルバードは『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』において、日米の第二次太平洋戦争を予言した[12]。フリードマンは予言を外したにもかかわらず、ストラトフォー(ストラテジック・フォーキャスト)という会社を設立し、地政学分析に基づく予言を販売している。

覇権国からの転落という強迫観念によって、アメリカ政治は突き動かされてきた。ジョージ・H・W・ブッシュ(父)政権には、ネオコン(新保守主義者)に分類される重要閣僚が多かった。ネオコンにはユダヤ人が多かったが、かつて民主党の岩盤支持層であったユダヤ人たちはアラブとイスラエルを和解させようとしたジミー・カーター大統領に失望してレーガン政権の共和党に寝返り、そのままブッシュ(父)政権に残留した。中東に影響を振るう強いアメリカ像をネオコンが追い求めたのにはそうした理由もあった。

ネオコンの行き過ぎた行動を知れ渡らせたのは冷戦終結後の1991年、翌年版の国防計画指針を取りまとめていた時である。東側勢力の崩壊によって唯一の超大国となったアメリカ合衆国以外にいかなる大国が台頭することも阻止する、とネオコンは指針に書きこもうとした。しかし、何者かがその内容を漏洩し、報道された。世界中から批判を浴び、新たな大国の台頭を阻止するという部分は削除された[13]。新たな大国の候補とは、日本やドイツといった味方であるはずの同盟国でなかったか?、と疑われた。

問題の根深さは、暗躍していたネオコンたちがジョージ・W・ブッシュ(子)政権でも重用されたことに示される。かつて国防長官であったディック・チェイニーが副大統領に、国防次官であったポール・D・ウォルフォウィッツが国務副長官に抜擢された。この二人は2001年の対テロ戦争、そして2003年のイラク戦争を始めた首謀者である。

覇権循環論は、アメリカ合衆国ばかりでなく、中国の政策にも影響を与えている可能性がある。CIA職員であったマイケル・ピルズベリーは、共産党の指導者たちは「中国の夢」を持っている、と考える。中華人民共和国成立から百周年に当たる2049年までに、世界のリーダーになるのが、その夢の内容であるという。機が熟するまでは外国からの援助によって軍事力と経済力を養うことに専念し、「殺手鐗」と呼ばれる必殺兵器を開発しようと励んでいるそうである[14]。かつて鄧小平は、目立たないようにして、力を蓄え、身を引くように、と韜光養晦という訓戒を与えた。力を蓄えた先には世界制覇がある、というのが中国に対する昨今の有力な見方である。

こうした話を裏付ける報道もあった。日本経済新聞によると、2014年夏、中国共産党は幹部への97冊の必読書を挙げたが、そのなかには『大国の興亡』が含まれていた[15]。ポール・ケネディの関心は財政赤字の拡大にあったが、共産党が自国の軍事費拡大を気にしているとは感じられない。

アメリカ合衆国でも2016年の大統領選挙において、ドナルド・J・トランプ候補が「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン(MAGA)」をスローガンにして当選した。米中にかぎらないが、覇権の交代という話になると、個人の幸福は忘れ去られて、国家間の闘争に人々は夢中になる。

覇権は単なるナンバーワンということではない。それを秩序の建設と維持におけるリーダーシップであると肯定的に定義づければ、次の三つが必要条件である。第1は自己犠牲である。覇権国は突出した力を持つにもかかわらず、対等な主権的パートナーという立場で他国と交わらなければならない。第2は規律である。ルールは公平に遵守させなければならない。最後は国益である。自国にとって、秩序への献身が割に合うものでなければ、その国民は政府を支持しない。これらの条件を満たすリーダーシップであれば、中小国はしぶしぶながらもそれを追認し、威信のヒエラルヒーに組み込まれ、進んで貢献してくれる……かもしれない。


[1] トゥキュディデス、「戦史」、久保正彰訳、村川堅太郎編、『ヘロドトス トゥキュディデス』、第7版、中央公論社、1998年、332ページ。

[2] ジョセフ・S・ナイ、『国際紛争―理論と歴史』、田中明彦、村田晃嗣訳、有斐閣、2002年、15-19ページ。

[3] ジョージ・モデルスキー、『世界システムの動態』、浦野起央、信夫隆司訳、晃陽書房、1991年、57ページ。

[4] モデルスキー、『世界システムの動態』、54ページ。

[5] A. F. K. Organski, World Politics (New York: Alfred A. Knopf, 1960).

[6] Organski, World Politics.

[7] Robert Gilpin, War and Change in World Politics (Cambridge: Cambridge University Press, 1981), p. 12.

[8] Gilpin, War and Change in World Politics, p. 28.

[9] ポール・ケネディ、『大国の興亡』、下、鈴木主税訳、草思社、1988年、363ページ。

[10] ケネディ、『大国の興亡』、下、346-347、355ページ。

[11] 猪口邦子、『ポスト覇権システムと日本の選択』、筑摩書房、1992年、32ページ。初版は1987年。

[12] ジョージ・フリードマン、メレディス・ルバード、『ザ・カミング・ウォー・ウィズ・ジャパン』、古賀林幸訳、徳間書店、1991年。

[13] 『朝日新聞』、朝刊、1992年5月25日、1面。『朝日新聞』、朝刊、1992年3月9日、1面。New York Times, March 8, 1992:1.

[14] マイケル・ピルズベリー、『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略』、日経BP、2016年。

[15] 島田學、「中国「推薦書」が映す不安 党幹部向けに「大国の興亡」など97冊」、 『日本経済新聞』、夕刊、2014年9月30日。

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