あの永世中立国のスイスが!? と話題になった本がある。同国法務警察長官が序文を寄せた『民間防衛』は外国への警戒を市民に強く訴えた。警戒の呼びかけは軍事にとどまらず、社会やスポーツにも及ぶ。もちろん、経済にもだ。引用する。
全体戦争の今の時代においては、経済は、政治と戦争の基本的武器である。スイスが経済活動の面で外国に依存する状態にあることは、この点からいって重大な危険である。われわれの攻撃者となるかもしれない国に、われわれが必要とするものの供給を独占させることは、どうしても避けなくてはならない。
スイスは、わが国の中立と安全の要求に合った開放通商政策をとる。そして、潜在的な敵が一ーわれわれの供給する武器を、将来われわれに向けることのないように、当局はわが国の輸出をチェックする。
わが当局は、また、スイス所在の外国商業組織の代表によってなされるかもしれない政治活動に対しても、充分の注意をしている。各個人個人も、わが国を害するおそれのある経済取引は、すぺて、みずから避けるぺきである。(スイス政府、『民間防衛』、原書房編集部訳、原書房、1995年)
言い方は厳しいけれども、独占させるのは避けるべきだ、とか、チェックする、とか、注意をしている、とか、概して抑制の効いた呼びかけで、排外的な行動を促しているわけでない。
それにたいし、日本では大河原工業事件という冤罪事件が起きた。いわゆる軍民両用技術を無許可で輸出したという事案だ。起訴の拙速を慎まなければならないのは安全保障に限らないが、安全保障においてもっとも重要なことは警戒対象の意図を正確に理解することだ。意図を理解せず、反射的に法規を適用することは慎重であるべきだ。
現在、話題になっているスパイ防止法の制定に際しても、かつての軍機保護法が招いた宮沢・レーン事件のような悲劇を思い起こさなければならない。スパイの容疑でなりふりかまわず逮捕することにどのような価値があるのだろうか?
スパイ防止の観点からは、急いで逮捕するより二重スパイに徴用するほうがはるかに価値は高い。背後関係を調べ上げ、敵の中枢を罠にはめ、関係者を一網打尽にするのがプロの仕事だ。スパイ防止法を作るとしたら、刑罰よりも、違法的な捜査手法を例外的に許可する審査体制を築くとか、捜査のための予算を講ずるとかいったことが優先されるべきだ。
そもそも、「インテリジェンスのプロ」を称する元公務員がテレビなどのメディアで適当な話を並べ立てている国に未来はない。まず公務員の守秘義務を徹底させることが前提だ。
経済安全保障は第一に心がけで、規制や統制はそのあとだ。当のスイスも開放通商政策をとると宣言しているじゃないか。特に経済では自由が大原則だ。経済安全保障か? 経済自由か? という問いは二者択一でなく、両方、と答えるのが唯一の正解だ。
フリードリヒ・A・ハイエクは『隷属への道』で統制や計画は全体主義につながると警鐘を鳴らした。全体主義国家ならばもともと自由はないのだからそれでよいのだろうが、日本は自由主義国家なので、まず自由、つぎに安全保障、という立場を堅持しなければならない。
