人を殺したり、傷つけたりすることは特別なことであるはずである。よほどのこと、例えば疑いえない正義、のようなものがなければ、正当化の余地さえない。であれば、殺人や傷害のために使われた武器や兵士には罪があるのでなかろうか? 金儲けのために武器や兵士を売るならなおさらである。今回のテーマは、武器移転と傭兵(民間軍事会社を含む)をめぐる諸問題について論じなさい、である。
この70年あまり、現実に人を殺してきた武器は核兵器ではなく、小火器中心の小型武器であった。小火器といっても火を消すほうでなく、小型の銃器のことである。小型武器には、拳銃に始まり、ライフル、そして重機関銃までが含まれる[1]。自動小銃のロングセラー、ミハイル・カラシニコフが設計したAK-47、も小型武器である。自動小銃の特長は、誰でも使いこなせることにある。標的を倒すには一発の弾丸を命中させる腕前は必要ない。弾丸を連射しながら銃を振れば、弾幕が張られ、子供でも標的を倒すことができる。
小型武器と並んで規制が試みられるのが軽兵器である。軽兵器には携帯式地対空ミサイル(MANPAD)、対戦車誘導兵器、アンダーバレル擲弾発射器、自動擲弾発射器、非誘導対戦車ロケットランチャー、そして迫撃砲が含まれる[2]。MANPADはアフガニスタンにおいてソビエト連邦軍のヘリコプターを撃墜し、撤退に追いやった。ムジャヒディンにそれを供与したのはアメリカ合衆国のCIAである。映画『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』は供与に尽力した下院議員を描いた。皮肉にも、9・11事件後、合衆国の側がMANPADの恐怖におののくことになる[3]。
小型武器と軽兵器は工場で製造される武器である。厄介であるのは、一般人でも自作できる武器があることである。特にIED、つまり即製爆発装置、は自作の爆弾であり、街なかでのテロリズムに使われる。国際連合の決議などで紛争地への武器の流入を止めても、現地で作られてしまう。イラク戦争では反乱側がIEDを使い、米軍を悩ませた。
最近の紛争で必ず話題になるのがドローンと呼ばれる無人機である。その存在は1990年代、アメリカ合衆国が攻撃用ドローンMQ-1プレデターを使い始め、知れ渡った。その後、偵察用のRQ-4グローバルホークと攻撃用のMQ-9リーパーという大型ドローンが米軍によって配備された。他方、イスラエルは自律的に目標を発見して自爆し、それを破壊するハーピーという新しい概念の兵器を開発した。現在は多くの国が、高性能か低性能かを問わず、多種多様なドローンを進化させている。ウクライナ戦争では、イラン製のドローンをロシアが大量に使用した。
小型武器と軽兵器の問題点は、貧しい土地の紛争当事者でも安く買え、禁輸の網をかいくぐり入手しやすいことである。日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)をはじめ、各国には武器の輸出にたいする規制がある。ところが、合法的な送り先への正規の輸出と見せかけ、紛争地の違法な行き先へと武器が横流しされている。製造者は合法的な取引であると信じていても、ブローカーが証明書類に記載された目的地とは異なる行き先に密輸してしまう[4]。
武器を密輸するために、輸送に使う飛行機や船を違法にチャーターしなければならないかもしれない。違法行為は黙認されることもあるし、場合によっては、目こぼしされるかもしれない。諜報機関が密輸に関わることもあろう。この手の武器供与は、国益・正義・自由といったきれいな言葉で正当化される。『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』におけるムジャヒディンへの援助がそうであり、供与側の国民も支持しかねない。武器移転が絶えないのには、根深い背景がある。
闇の武器移転がなぜ問題かというと、小型武器・軽兵器そのものが人を殺すというよりも、無責任な取り扱いが多くの命を奪うからである。2017年時点で、世界には10億丁の火器があったとされるが、うち4割はアメリカ合衆国の文民の所有であり、軍の所有は13パーセントにすぎない[5]。他方、火器による死者は、その翌年である2018年のデータでは、世界全体で223,300人いて、アメリカ合衆国は12,332人、南米は75,743人、アフリカは43,276人、中米・カリブは39,389人である[6]。ラテンアメリカとアフリカは火器の所有率は高くないにもかかわらず、火器を使った犯罪と紛争が多発している。
殺傷に使われた武器は闇から闇へと世界を巡る。実際、戦争で捕獲された兵器が諜報機関によって別の紛争地に供給されたという噂は少なくない。足がつかないように、ソ連製の武器をCIAやモサドがどこかの武装集団に供与した、といった類のものである。紛争後には、使われた武器を回収するべきである。
DDRという用語は、武装解除(Disarmament)、動員解除(Demobilization)、そして再統合(Reintegration)の頭文字である。Disarmamentは国家が行うと「軍縮」と訳されるが、武装集団が行う場合には武装解除のほうがしっくりいく。動員解除も古い言い方では「復員」というが、若者はこの言葉を知らないかもしれない。再統合は社会復帰のことである。元兵士が新しく仕事を見つけるために、例えば大工仕事といった職業訓練を施すようなことが含まれる。
武器貿易条約(ATT)は、無責任な武器移転を止める切り札として作られた。2013年に国連総会で採択され、翌年、発効した。小型武器・軽兵器を含む通常兵器の輸出入データ提供を締約国に求め、特定の場合におけるそれらの移転を禁止する内容である。特定の場合とは具体的に、国連安全保障理事会による措置に違反する場合、国際合意に違反する場合、そして、ジェノサイド・人道に対する罪・ジュネーブ条約違反・文民攻撃などで使われるとの情報がある場合のことである。
武器貿易条約がなかった時代にも、武器移転を管理しようとする試みはあった。輸出入データについては、国連は軍備登録制度を運営している(https://www.unroca.org/)。1991年にECと日本が主導して国連総会決議「軍備の透明性」(A/RES/46/36L)が可決され、戦車、装甲戦闘車両、大口径火砲システム、戦闘用航空機、攻撃ヘリコプター、軍艦、そしてミサイルおよびその発射基の移転について国連への報告を促した。小型武器と軽兵器は任意で各国は報告することができた[7]。紛争地への影響について考慮を求める国連決議も存在した[8]。
日本の場合、輸出管理の長い歴史があり、紛争との関連はその一環で考慮された。武器輸出三原則は1967年に佐藤栄作総理大臣によって表明された。第1は共産国向けの輸出であり、すでに冷戦下における西側の一員として対共産圏輸出統制委員会(ココム)に加わっていた日本には目新しいのものでなかった。これにたいし、第2の国連決議により武器等の輸出を禁止されている国向けの場合と、第3の国際紛争の当事国またはそのおそれのある国向けの場合は、国際情勢に反応した時宜を得たものであった。前年に、国連安保理はアフリカ系住民を差別する南ローデシア(現在のジンバブエ)への武器の輸送を禁止する決議S/RES/232を行っていたからである。
1976年、三木武夫総理大臣が表明した政府統一見解によって、武器輸出三原則はまったく別物になった。三原則対象地域以外についても、武器の輸出を慎む、と決め、事実上すべての移転が禁止されたからである。これにより、日本は「死の商人」という汚名にまみれることはなくなったが、防衛産業は狭い国内市場で採算をとらなければならなくなり、割高で実戦使用のない兵器を国民は買わなければならなくなった。日米安全保障条約という強いきずなを持つアメリカ合衆国への技術移転や国際平和協力への貢献といった特例的な武器移転が場当たり的に認められていった。
安倍晋三内閣のもと、2014年に閣議決定された防衛装備移転三原則は、佐藤内閣、三木内閣、そしてその後の諸例外を整理し直したものと理解できる。禁止される移転先は、時代遅れの対共産圏向けから国際約束違反の場合へと改められたが、第2の安保理決議違反と第3の紛争当事国向けの原則は同じである。かつては例外とされた国際平和協力と国家安全保障の目的の移転は、晴れて認められたが、厳格な審査に付される。新たな原則として、移転先の政府に日本の事前同意がなければ目的外使用と第三国移転を許さないことが加えられた。
防衛装備移転三原則は、国際共同開発や安保協力をつうじた武器の輸出を可能にし、衰えた日本経済を救ってくれると期待された。2015年には、装備品についての国際協力を図るため、防衛装備庁が設立されている。
ところが、安保協力をつうじた武器輸出の大型案件になると期待されたオーストラリアへの潜水艦売却の商談は他国にさらわれてしまった。オーストラリアはその後も有力な取引先とみられているが、日本とはクアッドという日米豪印の首脳外交でパートナーを組むだけで、同盟国というわけでない。オーストラリアと似た立場のイギリスおよびイタリアと日本が共同開発する戦闘機を第三国に輸出できるかも議論された。
2022年には、ロシアに攻撃されたウクライナを支援するため、日本は防衛装備品である防弾チョッキを戦地に送った。そこは禁止されている紛争当事国でないか、と批判されても防弾チョッキならば、殺傷性はない、と反論できた。
防衛装備移転三原則が作られ10年が経つ。移転の基準はなし崩し的に曖昧になっていないか? 日本政府の「原則」は、国会の承認もなく、閣議決定だけで変えられる。この国の政治風土として、形式的、技術的に可否を判断しようとする法学部的発想があり、もっともらしい「原則」が一応、作られる。しかし、紛争にどう向き合うか?、というのは倫理学の問題であり、安保協力をどれだけ重視すべきか?、は国際関係論の問題である。武器を輸出して衰退から脱しよう、という経済的観点の妥当性からして問われるべきである。閣議決定だけで事を済ませようとするのでなく、立法府・司法府を含めた三権分立の原則に基づきチェックを加えるべきである。
世界の武器輸出は安保理常任理事国をはじめとした大国が売上高の多くを占める。大国は経済的・軍事的観点から、武器輸出を止めるつもりは毛頭ない。国力が強く、安保理の拒否権まで持つ大国に取引をやめさせることはきわめて難しい。紛争地での代理戦争、国家間の軍事的緊張、あるいは軍事費の増大による人々の貧困の一因はまさに武器貿易であるにもかかわらずである。
軍産複合体という言葉がある。1961年、アメリカ合衆国のドワイト・D・アイゼンハワー大統領は退任時の演説で、民主主義が軍需産業に脅かされていると警鐘を鳴らした。
巨大な軍部と巨大な軍需産業とのこの結合はアメリカ人にとって新しい経験である。その全面的な影響力――経済的、政治的、さらには精神的なものも――があらゆる都市に、州政府に、連邦政府機関に認められる。―中略―われわれはその重大な意味の確認を怠ってはならない。―後略―
政府内の諸会議において、この軍産複合体が不当な影響力を、みずから求めたと否とにかかわらず、手に入れることがないよう、われわれは警戒していなければならない[9]。
もちろん、これはスピーチライターが書いたものであるが、アイゼンハワー大統領自身、軍需産業の影響を認めたからこそ自らの口で原稿を読んだ。この部分に続いて、政治が科学技術エリートの虜になる危険を語ったが、聴いた者は核兵器やミサイルの開発を思い出したであろう。
傭兵とは、義務によるのでなく金銭によって雇われる兵士または軍隊である。志願兵も金銭によって雇われるといえるが、傭兵は比較的に短期の雇用であるか、外国に雇われるかする点で一般の志願兵と区別される。
歴史、特に西洋史、にはたびたび傭兵が登場する。古代ギリシャでは、哲学者クセノポンが率いる傭兵隊がペルシャから逃げた。中世の末期には、領邦君主の臣下であった家士が独立し、傭兵騎士として活躍するようになった。近代の入口では、スイス傭兵やドイツのランツクネヒトといった槍兵の雇用が普及した。そのころ、最も有名な傭兵隊長であったアルブレヒト・フォン・バレンシュタインは、ビジネスとしての戦争に成功し、金融、調達、そして徴税にわたる財務システムを構築した。アメリカ独立革命が起こると、鎮圧のためにヘッセン傭兵をイギリスは派遣した。インドの植民地支配のためには、セポイやグルカといったアジア人の傭兵が使われた。現代では、フランスの外人部隊が知られる。
近代に先立つ傭兵のイメージは好ましいものでない。金銭欲が強い一方で、茶番というか、なれ合いというか、本気で戦わないという評価が定着している。ロジェ・カイヨワの文章を引用する。
一般に、戦いは多くの死者をともなうものではなかった。―中略―傭兵たちの戦いかたには戦意がなく、一度敵と遭遇すればたちまち部署を放棄した。彼らの行なう戦いは、しばしばみせかけだけのものだった。合計二万の軍勢が四時間にわたって戦いながら、わずか一人の戦死者しか出なかったという例を、マキャヴェリは引いている。しかもそれは、落馬したためだったという[10]。
なぜ、こうした語られ方がされるかというと、フランス革命に始まる徴兵制の優秀さを強調するためである。カイヨワは次のように述べる。
法のまえでの平等は、兵役義務の平等でもあった。徴兵制という考え方も、国土防衛の必要にせまられて生じたものでなく、共和国を強化するという意志から生まれてきたのであった。そのころ、軍隊は民主主義の学校とされていた。将校は、兵士によって選ばれた。新兵たちの熱意は、軍人としての熱意よりも、祖国を愛する市民としての熱意であった。暴君を打ち、自由を護り、国のために尽くすことこそ問題であった[11]。
確かに、徴兵制が1793年に導入されてから、フランス軍は驚くほど強くなった。ナポレオンがなぜヨーロッパを制覇できたか?、を説明するには市民の心に灯った愛国心はもってこいの原因である。忘れられがちであるが、傭兵の時代と徴兵制の時代の間には貴族の職業軍人から成る常備軍の時代があった。彼らの質がそれほど劣っていたとは思えない。むしろ徴兵制の特長は質ではなく量である。革命後の長い戦争で職業軍人が死に絶えても、国民皆兵であれば兵士を補充できたからである。
このように理解すると、ナポレオン戦争や2度の世界大戦のような消耗戦でなければ、傭兵にも活躍の場があることになる。現代の民間軍事会社(PMCまたはPMF)は実際、ワンポイントで依頼に応える少数精鋭の集団である。南アフリカ軍の元将兵が集ったエグゼクティブアウトカムズ社(EO)はアンゴラ政府やシエラレオネ政府の求めで戦った。ミリタリープロフェッショナルリソーシズインコーポレーティッド社(MPRI)はボスニアヘルツェゴビナのクロアチア系住民を訓練した。ブラウン&ルートサービシズ社(BRS)は米軍の大手請負であるハリバートン社の子会社で、コソボ難民を守る後方支援をした[12]。ワグネルはロシア政府のお抱えで、2022年のウクライナ侵攻における主力の一つであった。
民間軍事会社はカネさえ払えば、厄介なことはすべて引き受けてくれ、便利である、と考えられている。兵士を募集し、武装させ、訓練をするのには手間がかかる。交戦法規を守らせなければならないし、年金も払わなければならない。
特に、国連は国家と違い、自ら兵士を募ることができないので、部隊を派遣する困難はいっそう大きい。ルワンダ虐殺の際、国連はそれを止める措置を何も打てなかった。事務総長になるまえのコフィ・アナンは平和維持活動担当の事務次長であったが、ルワンダで傭兵を使うアイデアを持っていた。そのことを緒方貞子は明かす。
この間に、アナン事務次長は、英国陸軍特殊空挺部隊(SAS)の元隊員が一九八一年に設立したディフェンス・システム社(DSL)に、民間委託するという選択肢も可能であると教えてくれた。
―前略―DSL社が見積もった費用は、向こう二年間で約二億五〇〇〇万ドルであった。私はこれほど巨額の資金をドナー国から調達するなど、到底できないとわかっていた。それに政治的・人道的性格を合わせもつこの作戦が失敗した場合、民間会社はどういう形で責任を負えるのか、私には見当がつかなかった[13]。
殺すにせよ、殺されるにせよ、紛争地での作戦には命がかかっている。依頼する側に、緒方が言う通り、相応の責任が降りかかる。
研究者のピーター・W・シンガーは、民間軍事会社の六つの性格を指摘した。第1に、紛争地の外から来た外国人である。第2に、国家から独立し、契約のみに縛られる。第3に、動機は経済的なものである。第4に、兵士の募集は遠回りな方法で行われる。第5に、組織は一時的である。第6に、任務は戦争のみである[14]。要するに、経済的な、金銭的な動機だけに忠実であり、現地の人々や国際法はもちろん、場合によっては国家その他の雇用主さえ裏切るかもしれない。
いわゆる愛国心が民間軍事会社にはない、ということだけでも、さまざまな懸念を呼び起こす。紛争を長期化させるのではないか? であれば、平和が脅かされる。国家を乗っ取って搾取するのではないか? であれば、主権が脅かされる。現地社会を混乱させるのではないか? であれば、安定が脅かされる。人道法や戦争法を破るのではないか? であれば、法の支配が脅かされる。政府に戦争を行わせるロビイングをするのではないか? であれば、民主主義が脅かされる。
民間軍事会社が起こした無責任な行為は実在する。一つは赤道ギニアクーデター未遂事件である。2004年、イギリスの特殊部隊SASの元将校で、エグゼクティブアウトカムズに勤めたことがあるサイモン・マンらが赤道ギニアのクーデターを共謀した。一味はジンバブエ防衛産業から武器を買って決行に備えた。ところが、ロゴロジスティクス社の傭兵70人がジンバブエで逮捕され、企ては失敗した。これに加担したマーク・サッチャー(マーガレット・サッチャー元イギリス首相の息子)にも有罪判決が下された[15]。
次の事件はイラクで起きたブラックウォーター事件である。ブラックウォーター社は米軍から請け負った民間軍事会社である。2007年、正当防衛というわけでもなく、市民17人をバグダッド市内で殺害した。ブラックウォーターはアメリカ合衆国国務省と蜜月の関係にあるため、犯罪がもみ消される傾向があったとされる[16]。『朝日新聞』は次のように解説する。
イラク戦争後、米軍人に刑事・民事上の免責特権を与えた「暫定占領当局(CPA)指令17号」は今も有効とされる。米政府の契約業者の民間人にもそれは適用されると解釈され、イラクの法律に対しては治外法権を振りかざせる。軍人の行き過ぎた武力行使や私的な暴力は、イラクで免責されても、米国の軍法会議にかけられる。だが、ブラックウォーター社のように国務省の契約業者を規制する法はない[17]。
正規の米軍ならこのような非人道行為をしなかったのでないか、と言われる。正規兵に対しては軍事裁判の制度がある。ブラックウォーター社は社員も、組織も、法令順守の意識がおろそかであったのであろうが、そのような会社に委託した、国家としてのアメリカ合衆国にも責任がある。企業と国家の側の責任意識が一般的に希薄であったとしたならば、事件は氷山の一角であった可能性がある。当時、イラクでどのくらいの民間軍事会社が活動していたのか、スティーブ・ファイナルは次のように見積もる。
イラクの傭兵の数は、はっきりわかっていない。国際平和活動協会やイラク民間警備会社協会(PSCAI)のような連合組織や同業者組織ができても、変わりはなかった。こういった組織の幹部やロビイストたちは、結局は金のために戦争をやる傭兵だろうと指摘されると、青筋を立てて怒る。推定数は二万五〇〇〇人ないし七万五〇〇〇人もしくはそれ以上というように、たいへん幅がある。国防総省は二万五〇〇〇人と推定している。金で雇われ武装してイラク各地で活動している人間が、一個師団分いることになる。会計検査院の推定はその倍近い四万八〇〇〇人である[18]。
イラクで民間軍事会社の社員は遊び半分に罪のない人々に発砲していた、という報告がある[19]。身内や知人が殺された市民は占領軍に敵意を抱く。この敵意が自爆テロを含む激しい抵抗の一因であったことは否定できない。憎しみの連鎖は拡大し、多国籍軍やその傘下の兵士だけでなく、その他の外国人や一般市民も殺したであろう。
最後の事件は、ロシアで2023年にクーデターを企てたワグネルの乱である。ワグネルとはウラディミル・プーチン大統領の側近であったエフゲニー・プリゴジンが創設した民間軍事会社である。ウクライナ戦争にはロシア軍の一翼として参加した。アフリカでも広範な活動をしていることで知られる。2023年6月、ウクライナで苦戦する理由を国軍指導部に帰し、モスクワに進軍しようとした。民間軍事会社に頼りすぎれば、ロシアさえ脆弱国家に成り下がりかねない。 武器にせよ、兵士にせよ、無責任な移転は多くの人命を奪うことになる。
[1] Small Arms Survey, “Small Arms Survey 2008: Chapter 1,” The Small Arms Survey, June 2008, pp. 8-9.
[2] Small Arms Survey, “Small Arms Survey 2008: Chapter 1,” pp. 8-9.
[3] Mike Nichols, Aaron Sorkin, Tom Hanks, Julia Roberts, Philip Seymour Hoffman, and George Crile, Charlie Wilson’s war, 2018.
[4] Small Arms Survey, “Small Arms Survey 2008: Chapter 1,” pp. 115-122.
[5] Small Arms Survey, “Small Arms Survey reveals: More than one billion firearms in the world,” The Small Arms Survey, June 18, 2018.
[6] Small Arms Survey, “The Small Arms Survey’s Global Violent Deaths (GVD) Database, 2018,” The Small Arms Survey, August 2020.
[7] “About,” The United Nations Register of Conventional Arms, https://www.unroca.org/about, accessed on February 22, 2026.
[8] For example, A/RES/43/75I.
[9] 大下尚一、有賀貞、志邨晃佑、平野孝編、『資料が語るアメリカ』、有斐閣、1989年、218ページ。
[10] ロジェ・カイヨワ、『戦争論』、秋枝茂夫訳、法政大学出版局、1974年、26-27ページ。
[11] カイヨワ、『戦争論』、120ページ。
[12] P・W・シンガー、『戦争請負会社』、山崎淳訳、NHK出版、2004年。
[13] 緒方貞子、『紛争と難民 緒方貞子の回想』、集英社、2006年、241ページ。
[14] シンガー、『戦争請負会社』、101ページ。
[15] “Equatorial Guinea Questions Thatcher over Coup,” The Guardian, February 18, 2005, http://www.guardian.co.uk/equatorialguinea/story/0,15013,1417428,00.html, accessed on February 22, 2026.
[16] スティーヴ・ファイナル、『戦場の掟』、講談社、2009年。
[17] 『朝日新聞』、2007年10月12日、朝刊、6ページ。
[18] ファイナル、『戦場の掟』、56ページ。
[19] ファイナル、『戦場の掟』、67-68ページ。
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