テロリズムは二つの意味で論争的な暴力である。一方で、それは勝ち負けでなく、論争の存在を公にさらすことが目的である。暴力による破壊には、当然視されていること、あるいは既定のことを疑わせる効果がある。他方で、暴力を振るうことは正当とも、不当とも、人によって評価が分かれる。意図または目的といった主観的な要素はテロリズムの定義からぬぐいされず、それらが正しいと思う人にはテロリズムは正当である。民族解放のための闘争は正当である、という主張は近代の歴史において圧倒的に支持されてきた。

今回のテーマは、「テロと戦う」ことは是か非か、また、是とすればその手段はどうあるべきか、について論じなさい、である。

2023年における世界のテロリズムの事件数は7,382、死者数は21,596、とアメリカ合衆国政府は述べる[1]。世界の人口が約80億人であることを考えると、テロリズムで死ぬ確率は高くないと合理的に言える。ある合衆国の研究者によると、同国内でテロリズムによって死ぬ確率ははしごから落ちて死ぬ確率の8分の1、交通事故で死ぬ確率の15分の1にすぎない。テロリズムという言葉の使われ方は、社会と政治が作り出したものであり、定義自体が合衆国の国家主義的目的に従っている、とこの研究者は説く[2]。我々はテロリズムを恐れすぎなのか?

西側世界がテロリズムをことさら重視するのには理由がある。戦争や内戦といった紛争は脆弱国家で起き、犠牲者と平和活動もそうした地域に集中しているイメージがある。これはまちがいではないが、テロリズムに関しては、西ヨーロッパと北米の先進国でも死者が出ている[3]。2005年のロンドン地下鉄爆破、2013年のボストンマラソンでの爆発、2015年のパリにおける1月のシャルリエブド襲撃と11月のスタジアム・劇場襲撃は多くの犠牲者を出し、記憶に残る。病死より殺人を好んで伝えるのはお茶の間のニュースやワイドショーである。

ただし、国別死者数で見ると、テロリズムで大量の死者が出ているのはやはり開発途上国である。2023年では多い順に、シリア、パキスタン、イスラエル、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、インド、ヨルダン川西岸、イエメン、マリ、そしてブルキナファソが上位に並ぶ[4]。国によっては、反乱軍やゲリラと呼びえる大きな組織がテロリズムに手を染め、自然と多くの死者が出る。

テロリズムの定義については、合衆国法典のものに本書は従う。すなわち、「サブナショナルな集団あるいは秘密諜報員によって非戦闘員の標的にむけて犯された、謀略的で政治的動機をもつ暴力」(22 USC 2656f(d))である。

「サブナショナルな集団」とは非国家の主体のことであり、国家と国際機構が行う暴力はテロリズムに含まれない。秘密諜報員は国家と雇用関係にあるスパイであるが、その破壊行為にかぎり、合衆国法典はテロリズムに含める。犯人の素性を特定しがたいからであろう。

「非戦闘員の標的」という限定は、戦時国際法が適用される戦争とテロリズムを区別するためである。平時における占領地の軍隊は戦時国際法上の戦闘員ではない。

実は合衆国法典の定義が一般的になる21世紀の初めまで、この定義には続きがあった。「暴力」を説明する「ふつうは聴衆に影響を与えるように意図されている」という節がついていた[5]。テロリズムは他の軍事力がそうであるような支配地の拡大が目的でなく、心理的効果、特に相手側の権威と戦意の失墜が目的であると示唆されていた。

心理的効果に関連して、クリスティン・C・ケッチャムとハービー・J・マクジョージの「力の増幅装置」という考え方がある。力の増幅装置にはテクノロジー、トランスナショナルな支持、そしてメディアの三つがある[6]。生物・化学兵器や放射能兵器で攻撃すれば、恐怖心を増すことができるし、犯行を支持する世論が外国で高まれば正当化されたと宣伝される。脅えさせるにせよ、味方につけるにせよ、テロリズムは大衆を意識した戦術である。

合衆国法典の定義はオーソドックスなものであるが、テロリズムにはさまざまな定義が与えられてきた。「安価な交戦手段」という定義は、テロリストの背後には国家の諜報部門があって、敵国の権威や戦意を下げるための攻撃をテロリストに依頼している、という仮定に基づく。預金口座に数百万円の報酬を振り込むだけでよいのなら、戦闘機や戦車を買うよりはるかに安上がりに敵の力を削ぐことができる。また、「政府による弾圧」という定義には近代史と同じ長さがあり、1789年のフランス革命以後しばらく、恐怖政治を行う革命派の政権が「テロリスト」と呼ばれた。今日でも、イスラエル軍によるパレスチナ人への弾圧こそ「国家テロリズム」である、という表現はこの用法に忠実である。逆に、政府に反抗して蜂起したサブナショナルな革命家がテロリストと呼ばれるのは1848年の二月革命以降であった[7]

テロリストは相手を罵倒するための言葉であるので、他人をテロリスト呼ばわりするのは品位に欠け、場合によっては名誉毀損にもなりうる。テロリストと呼ばれるのはかなり過激な思想を持つ者だけである。左翼と右翼という分け方でいうと、両極端である。

百年まえ、左翼の過激な思想を持つ人といえばアナーキスト(無政府主義者)であった。バーバラ・W・タックマンは第一次世界大戦に先だつ世相を次のように記す。

国家なき社会、政府も法律も財産の私有もなく、腐敗した諸制度が一掃され、人間は自由となり、神の意図した通りの善き者たりうるような社会、そういう社会のヴィジョンはまことに魅力的だった。そのせいで六人の国家元首が、一九一四年に先立つ二十年間に、暗殺される目にあった。一八九四年にはフランスのカルノー大統領、一八九七年にはスペインのカノバス首相、一八九八年にはオーストリアのエリーザベト皇妃、一九〇〇年にはイタリアのウムベルト国王、一九〇一年には合衆国のマッキンリー大統領、そして一九一二年は再びスペインの首相カナレハス[8]

第二次世界大戦後には、西側先進国の若者たちが左翼テロリズムに身を投じた。バーダー・マインホフ・グルッペことドイツ赤軍、イタリアの赤い旅団、そして日本赤軍が著名である。

1972年、日本赤軍はイスラエルのロッド空港で虐殺を行ったが、パレスチナ・ゲリラと協力してのものであった。パレスチナ解放戦線(PLO)の諸派のうちハイジャックに積極的であったPFLP(パレスチナ人民解放戦線)はレバノンを根城とし、各国のテロリストを招き入れて訓練を施した。ライラ・ハリドという女性活動家はハイジャックを犯して拘束されたものの、他のハイジャック事件の乗客とのいわゆる人質交換で釈放された。彼女はパレスチナ・ゲリラのアイコンとして革命闘争に関心がある世界の若者を誘惑し、さながら女性版チェ・ゲバラであった。日本の全共闘世代への影響は1971年にパレスチナに渡り、日本赤軍を結成した重信房子と並ぶものがあった[9]

右翼の過激派としては、白人至上主義やカルト教団が知られる。イスラム原理主義などの宗教原理主義をそれらと同類と捉えれば、右翼に分類できるかもしれない。1995年、アメリカ合衆国のオクラホマシティ連邦ビルが爆破され、168人が死亡した。自動車に積んだ爆発物を使う手法は中東の諸事件を思い起こさせたが、犯人は白人至上主義者のティモシー・マクベイであった。

2011年にはノルウェーにおいて、白人至上主義者のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクが銃を乱射して多くの若者を殺した。右翼という語感は国家主義と強く結びつくにもかかわらず、マクベイとブレイビクは国家体制の転覆を企て、別のタイプの国家体制を打ち立てようとした。

民族解放運動にもテロリズムを行う集団がある。1914年、セルビアの青年がサラエボでオーストリアハンガリー帝国の帝位継承者を暗殺した。1916年の復活祭蜂起で立ち上がった人々は、アイルランド共和国軍(IRA)と呼ばれた。1948年、ユダヤ人テロ組織がアラブの村で虐殺をした。今日、セルビア・アイルランド・イスラエルの民族の英雄たちをテロリストと呼ぶことにためらいを感じるかもしれないが、行為はまぎれもなくテロリズムであった。

もっとも、北アイルランドは独立に加われずイギリス領にとどまったため、IRAは闘争を続けた。1972年のイギリス陸軍による襲撃は一般住民を巻き添えにした。世界史上、いくつか存在する「血の日曜日事件」の一つがこれである。IRAが停戦に応じたのは冷戦後の1994年であった。

現在、私たちはパレスチナ人、タミル人、クルド人、チェチェン人、あるいはウイグル人の将来の建国者たちをテロリストと呼んでいるかもしれない。

PLOは1964年に結成されて以来、パレスチナ人を代表する。ヤセル・アラファトが議長になったのは1969年である。彼はPLOの一派であるファタハも率いた。西岸地区を追われ、ヨルダンに逃げたPLOは1970年の黒い9月事件によってレバノンに拠点を移した。これを恨んでファタハは実行部隊にブラックセプテンバーと名づけ、1972年のミュンヘンオリンピック事件などを引き起こした。

中東各地を転々としたのち、PLOが西岸地区に還ったのは1993年のパレスチナ暫定自治協定以後である。本部はラマッラに置かれる。アラファトは翌年、ノーベル平和賞さえ授けられた。パレスチナは多くの国から国家承認は受けているものの、まだ領土を実効支配していない。それどころか、パレスチナ人勢力は分裂し、1987年に生まれた最大の反主流派であるハマスがガザ地区を支配する。人々の支持は闘争的なハマスへと移ったが、2023年にイスラエルを攻撃し、逆にイスラエルに襲撃されて、ガザは徹底的に破壊された。

このように、テロリズムは単なる犯罪か?、それとも政治か?、割り切れないところがある。まちがいなく、テロリズムの行為だけとれば、それらは刑法が定める犯罪である。人を殺傷したり、誘拐したり、あるいは、物を壊したりすれば、未遂であれ、何らかの犯罪には当たるからである。公権力は犯罪には法秩序を守るために対応する。犯罪には刑罰で報いるのが一般的な方法である。もし、容疑者またはその共犯者が外国にいるとすれば、その国に身柄の引き渡しを要求するであろう。しかし、アメリカ合衆国のジョージ・W・ブッシュ(子)大統領は「司法という手段ではテロリズムを封じ込められないことが、9・11に明らかになった」と考えた[10]

テロリズムは政治でないか?、と考えてみよう。公権力は国家または政府の正統性に対する挑戦として対決しなければならない。単なる犯罪への処罰よりも、厳しい弾圧が加えられることがあるが、支持者からは逆に同情を受けることもある。政治犯が外国に逃亡した場合には、亡命を認め、庇護する国が現れるかもしれない。

もう一つの可能性として、テロリズムを戦争と捉えて対応する場合がある。その国は自衛権を発動する。攻撃した者またはその同盟者をかくまう外国も含めて攻撃の対象になる。相手が完全に無力化されるまで掃討は続けられる。

対テロ戦争は2001年に起きたテロ事件への対応であった。9月11日、旅客機がハイジャックされ、それらがニューヨーク・ワールドトレードセンターの2棟のタワーとアメリカ合衆国国防総省のペンタゴン庁舎に突入した。ハイジャックされてペンシルベニア州に墜落した旅客機に乗っていた人々を含め、約3千人の命が奪われた。この数字は他の大規模テロ事件のものより一ケタ多い。

翌日、ブッシュ大統領は「わが国にたいし、昨日、実行された計画的で殺害を狙った攻撃は、テロ行為以上のものだった。それらは戦争行為だった。」と演説した[11]。連邦議会は9月14日に、「二〇〇一年九月一一日に発生したテロ攻撃を計画、承認、実行、もしくは支援したと大統領が判断した国家、組織、人間、およびそうした組織もしくは人間をかくまうものにたいして、それらの国家、組織、人間のアメリカへのさらなる国家テロリズム行為を防ぐために、大統領がすべての必要で適切な武力を行使することを承認する」と決議した[12]。大統領の演説は国民を団結させるためのレトリックにとどまらず、法的にも戦争状態に入らせることになった。

国連の安全保障理事会はアメリカ合衆国政府の対テロ戦争への決意に配慮した。早くも9月12日に、前文で「個別的または集団的自衛の固有の権利を認め」る安保理決議S/RES/1368を決め、合衆国の武力行使に理解を示した。

では、米軍は誰と戦争したのであろうか? 9・11事件の首謀者はウサマ・ビンラディンとされる。 サウジアラビアの富豪の子として彼は生まれた。ソ連によるアフガニスタン侵攻に対抗して、現地でムジャヒディン(イスラム戦士)に資金や物資を提供した。彼のテロ組織アルカイダの創設は1988年とされる。一時、スーダンに住んだあと、タリバンが政権を握ったアフガニスタンに舞い戻った。アメリカ合衆国を敵とみなすようになった彼は1998年、ケニアとタンザニアにおける合衆国大使館を爆破した。9・11事件が起きた時、彼が最も怪しい人物であった。対テロ戦争は2011年にパキスタンで米軍が彼を殺害するまで10年近く続いた。

ビンラディンは個人にすぎない。戦争は国家と国家の間で行うものである。その一方で、ビンラディンをかくまうアフガニスタン政府には国際的な責任があった。アメリカ合衆国は9月20日、タリバンに次の要求をした。アルカイダ全指導者を引き渡すこと。不当に投獄した全外国国民を釈放すること。外国のジャーナリスト、外交官、そして援助関係者を保護すること。あらゆるテロリスト訓練キャンプを閉鎖すること。あらゆるテロリストとその支援者を引き渡すこと。テロリスト訓練キャンプに合衆国を立ち入らせること。そして、脅しの言葉を加えることを忘れなかった。「テロリズムに拠点を与えたり、支援したりし続けるあらゆる国は合衆国によって敵対的な体制とみなされるであろう」と[13]。ビンラディンは引き渡されなかった。

こうして始まった対テロ戦争には多くの国が支援を申し出た。その月のうちに、アメリカ合衆国が加盟するOAS(米州機構)はリオデジャネイロ条約が定める集団的自衛権を発動した。国連の安全保障理事会は決議S/RES/1373を通し、テロ行為の脅威と戦う必要を認めた。翌10月には、 NATO(北大西洋条約機構)が北大西洋憲章第5条の共同防衛を発動した。

「文明の衝突」という言葉は、東西対立が解消した冷戦後に、世界政治の新しい構図を示すものとしてもてはやされた。テロとの戦いをイスラムとの戦いとする見方は短絡的であると批判されたものの、テロ組織の多くがイスラムを掲げたことは事実であった。

これは20年後の今日でも変わらない。2023年に最多の死者を出したテロ組織を挙げると次のとおりである。ハマス、コンゴ民主共和国のイスラミックステイト、アルシャバーブ、イスラム・ムスリム支援団(JNIM) 、西アフリカのイスラミックステイト、イスラミックステイト本体(IS)、ボコハラム、フーシ過激派、シャーム解放機構、そして大サハラのイスラミックステイトが上位10組織である[14]。これらのすべてがイスラム原理主義を基盤とする。

イスラム世界は、東はパキスタンと中国西部、北はカザフスタン・コーカサス・バルカン半島、南はモザンビークとコンゴ川流域、西は大西洋までの広大な地域に及ぶ[15]。脆弱国家やPKO派遣地域と重なる土地は多い。しかし、敵とみなしてはならない。我々がテロリズムと呼ぶもののほとんどは地域社会の慣習や制度をめぐる争いである。いわゆる過激なイスラム原理主義者がそれに付け込んで、共感する者たちを世界的なネットワークにまとめ上げている。

「テロリスト」とは誰か? 「暴力の原因」の回で紹介した分析レベルの考え方を借りて整理する。まず、個人にテロリズムの原因があるとすれば、暴力崇拝者、宗教信者、そして孤立した人々といった人格がそれに当たる。1996年、ユナボマーと呼ばれた連続爆弾犯が逮捕された。彼は大学で教えたことがあるほど知能が高かった。むしろそれゆえに、産業社会を批判し、単独で犯行を繰り返した。人間の志向が多様化した現代では、暴力崇拝者、宗教信者、そして孤独な人々が一人も現れないようにすることは不可能である。

つぎに、国家・社会の特徴にテロリズムの原因があるとすれば、挙げられるのは、エスニック集団、貧困層、そして極左・極右活動家である。これらのうち、これまで論じてこなかったのは貧困層である。マルクス主義の信奉者など極左活動家は貧困の解消を主張してきた。しかし、貧困家庭に生まれた子供が成長してテロリストになるか?、というと話は別である。アラン・B・クルーガーという経済学者がそのことを調査した。1人あたりGDPおよび非識字率との回帰分析から、貧困および低い教育水準は各国の1人あたりテロ事件数を押し上げていない、という結論に達した。テロリストには貧困家庭出身者は少なく、むしろ高学歴者が多い[16]

最後に、国際システムにテロリズムの原因があるとすれば、反米活動家と国家支援テロリストが挙げられる。19世紀にアメリカ合衆国を毛嫌いする外国人はあまりいなかったであろうから、反米は超大国としての合衆国の役割、またはイスラエルへの支援に原因があると考えられる。国際社会で大きな役割を果たすようになると、軍隊を派遣された現地の人々からの反発が強くなる。また、合衆国に敵意を抱く国の指導者は、それこそ安価な交戦手段としてテロリストに便宜を図り、矛先を合衆国に向けるよう誘導する。

反米活動への対策として、アメリカ合衆国の国務省は1979年以来、テロ支援国家を指定している。2004年10月にイラクが、2006年5月にリビアが、2020年12月にスーダンが外され、キューバ(2021年に再指定)、北朝鮮(2017年に再指定)、イラン、そしてシリアの4か国が指定されている[17]。これらはアメリカ合衆国が一方的に決めつけたものである。他国から見れば、合衆国のほうこそ反体制派を励まし、時には武器さえ送って紛争を助長する、と映るであろう。

参考までに、アメリカ合衆国政府が2021年のデータに基づいて数えた実行犯の類型による事件数の割合を紹介する。テロリズムの事件数の55.3パーセントはジハーディストによるもの、37.5 パーセントはエスニックなナショナリストによるもの、7.6パーセントは左翼によるもの、そして13.9パーセントはイランが背後にいるものであった[18]

テロリズムの主体が多様であるのと同じく、使われる武器も多様である。アメリカ合衆国政府の資料によると、実行犯が使った上位の武器は、火器、爆発物、即製爆発装置(IED)、不明、発火物、乱闘、そして無人機の順である[19]。現実の危害はさほど印象的でない従来型の武器によって加えられる、というのは発見である。

しかし、上で触れたように、テクノロジーは力の増幅装置である。安全保障の専門家たちはハイテク化したテロリズムの危険を語ってきた。WMDは大量破壊兵器のことであるが、具体的には核・生物・化学の頭文字を採ってNBCと呼ばれる。核兵器には原子爆弾、水素爆弾、そして中性子爆弾がある。幸いにも、これらがテロリズムで使われたことはない。ただし、グレアム・アリソンは次のように言う。

一九九八年にウサマ・ビン・ラディンは「イスラムの核爆弾」と題する声明を出し、そのなかで「神の敵を恐れさせるためにできるかぎりの力を持って備えるのがイスラム教徒としての義務である」と宣言しています[20]

生物兵器と化学兵器は現実に事件で使われている。生物兵器については、9・11事件後に封筒に入った炭疽菌が郵送され、死者が出た事件が知られる。炭疽菌のほか、ツラレミア、コレラ、脳炎、ペスト、ボツリヌス菌、天然痘、ベネズエラ・ウマ脳炎、エボラ菌、マルブルク病、ラッサ熱、ボツリヌス毒素、ブドウ球菌、B型腸毒素、リシン、マイコトキシンなどが兵器として使われうる。化学兵器については1995年、オウム真理教が東京の地下鉄でサリンを発生させ、多くの死傷者を出した地下鉄サリン事件がある。ほかに、ソマン、タブン、VXガス、マスタードガス、ルイサイト、青酸ガス、塩化シアン、塩素、ホスゲン、クロロピクリン、MACE、催涙ガス、カラシ・コショウ・スプレー、ジベンゾオキザゼピンといった化学兵器がある[21]

上で言及した核兵器とは高いエネルギーの爆発を起こすものにかぎられる。そうでなくても、放射性物質は人体に毒である。その英語頭文字であるRと爆発物の頭文字EをNBCに加えて、CBRNEという言葉を使うことがある。B-NICEはCBRNEのRの代わりに放火のIを加えたものである。

2006年、元ソ連KGB職員アレクサンドル・リトビネンコがポロニウム210の中毒によって死亡した。翌年、イギリス政府は別の元KGB職員を容疑者として起訴し、ロシア政府に引き渡しを要求した[22]

また、汚い爆弾(ダーティボム)は使われたことはないが、放射性物質をまき散らす装置である。「靴箱にダイナマイト一本と放射性物質を入れただけのもの」もありえるとアリソンは言う[23]。これは大人数を殺すことはできないかもしれないが、放射能という得体のしれない物質によって恐怖感を与える。

さらに、原子力発電所を攻撃し、制御不能にして爆発させることが懸念されている。2011年に福島第一原発で津波がしたことと同じことを人の手ですれば爆発が起きる。

サイバーテロリズムはインターネットを通じた攻撃である。ホームページをダウンさせる程度のものであれば、テロリズムと呼ぶのは誇張であるが、コンピューターを操って、軍の装備や発電所などの機械を誤作動させることが可能である。

最後に、カウンターテロリズム、つまりテロ対策、について論じる。これもまた論争的である。安全をとるか、自由をとるか、は二者択一というわけにはいかない。安全は自由の前提ではあるが、人間は安全だけでは満足できない。結論は、安全も自由も両方、ということになる。

安全対策をしようとなれば、まずは法の網を整えよう、となる。グローバル社会では、他国の協力がなければ法の網は破れたままになる。国際的な取り組みと国内的な取り組みの両方を強化する必要がある。

国際的な取り組みでは、主な国々の間で合意を作ることが課題である。これが非常に難しい。9・11事件はそれができた類まれな例である。

大国が合意できた有名な例がもう一つある。ロッカビー事件、すなわち、1988年にパンナム機が爆破された事件、である。スコットランド上空で旅客機が爆破され、落ちた機体による地上の犠牲者を含めて270人が死んだ。国民に被害者が出たフランス、イギリス、そしてアメリカ合衆国はリビア人が犯人であるとして、彼らの引渡しをリビア政府に要求した。1992年、国連安保理は、まず、要求に応えるようリビアに求め(S/RES/731)、それが行われないと、リビアへの制裁を決議した(S/RES/748)。後者の決議の前文で、リビア政府がテロリズムを放棄しないのは「国際の平和及び安全に対する脅威を構成する」と認定された。最終的にイギリスに容疑者が引き渡され、スコットランドによる裁判が行われた。冷戦終結後、「新世界秩序」への期待が高まった特殊な時期の出来事であるにせよ、テロリストが平和的に裁かれた意義は重い。

国際的な合意を促すために、テロリズムを違法化する一連の条約が作られている。内容は、航空機の不法奪取防止(1970年)、国家代表等への犯罪の防止・処罰(1973年)、人質の禁止(1979年)、爆弾テロの防止(1997年)、テロ資金供与の防止(1999年)、そして国際組織犯罪の防止(2000年)と多岐にわたる。

国内的な取り組みとしては、カウンターテロリズムの実施がある。9・11事件を受けて、アメリカ合衆国は政府部局を改組した。2001年に国土安全保障局を設け、2年後には国土安全保障省に改めた。任務は、施設・電子情報の防護、感染症、入国管理・帰化、緊急事態、沿岸警備、輸送網、そしてシークレット・サービスに関する実務である。これまで他の官庁、すなわちFBI、国防総省、商務省、国立標準技術院、エネルギー省、調達庁、農業省、財務省、司法省、運輸省、連邦緊急事態管理局、入国不服審査会、とバラバラな所属であった部署が移管された[24]

9・11事件を受け、アメリカ合衆国では2001年、愛国者法が制定された。これは政府当局の捜査権を向上させたが、通信の自由を制限するものとして批判された。

出入国管理は国際テロリズムの実行犯を取り締まる基本的な取り組みである。出入国の審査を強化するため、PISCESというシステムをアメリカ合衆国は他国の空港などに置いて、テロリストを摘発する。個人情報を他国と共有して、旅行者のなかからテロリストを発見することが目的である。

日本の場合、2006年にIC旅券を導入し、パスポートに埋め込まれたチップに個人情報が記録されるようになった。翌年からは、外国人の入国審査において指紋と顔写真を撮っている。日本からアメリカ合衆国にビザなしで入国しようとする際に旅行者に義務づけられるESTAという電子渡航認証システムでの申請をはじめ、テロリズムの防止のためにさまざまな協力が行われている。

法令ばかりでなく、軍事もカウンターテロリズムの手段である。対テロ戦争は最大規模のものであったが、米軍はコロンビアやフィリピンをはじめとして世界各地に派遣された。外国軍によるテロリストの掃討は火に油を注ぐことになりかねない。国内に投入される場合でも、北アイルランドへのイギリス陸軍特殊部隊の出動は強い反発を受けた。

資金凍結という手段もある。テロリストはスポンサーからの報酬や費用を期待する。それが銀行口座に入金されないと、本人ばかりか自分が死んだ場合は遺族も生活に困るかもしれない。

開発援助が大事であるとも言われる。貧困そのものがテロリズムに向かわせるというより、貧困の原因を他人のせいにする言説が広まり、テロリズムを正義であると人々が信じることが危険である。開発援助は、自国が相手社会に敵対的でも無関心でもないことを示す証になる。国内で、個人や企業が寄付や喜捨をするのと同じ理由である。


[1] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 5, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[2] Benjamin Friedman, “Homeland Security,” Foreign Policy (July/August 2005), p. 22.

[3] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 28, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[4] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 29, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[5] U.S. Department of State, “Patterns of Global Terrorism, 2001, ” May 2002, http://www.state.gov/s/ct/rls/pgtrpt/2001/html/10220.htm, accessed on June 29, 2002.

[6] Jonathan R. White, Terrorism: An Introduction, 2nd ed. (Belmont: Wadsworth, 1998), p. 17.

[7] See White, Terrorism: An Introduction, p. 9.

[8] バーバラ・W・タックマン、『世紀末のヨーロッパ―誇り高き塔・第一次世界大戦前夜』、大島かおり訳、筑摩書房、1990年、73ページ。

[9] Koji Wakamatsu and Masao Adachi, Sekigun-P.F.L.P: Sekai Senso Sengen = Red Army / PFLP: Declaration of World War, 2009.

[10] ジョージ・W・ブッシュ、『決断のとき』、上、伏見威蕃訳、日本経済新聞社、2011年、235ページ。

[11] George W. Bush, “Remarks by the President In Photo Opportunity with the National Security Team,” Whitehouse, September 12, 2001, http://www.whitehouse.gov/news/releases/2001/09/20010912-4.html, accessed on November 18, 2001.

[12] ブッシュ、『決断のとき』、上、236ページ。

[13] The President, “President’s Address to a Joint Session of Congress and the American People,” Department of State, http://www.state.gov/s/ct/index.cfm?docid=4981, accessed on November 18, 2001.

[14] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 12, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[15] 板垣雄三編、『「対テロ」戦争とイスラム世界』、岩波書店、2002年、xxページ。

[16] アラン・B・クルーガー、『テロの経済学』、藪下史郎訳、東洋経済新報社、2008年、46ページ。

[17] Bureau of Counterterrorism, “State Sponsors of Terrorism,” United States Department of State, https://www.state.gov/statesponsorsofterrorism/, accessed on February 22, 2026.

[18] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 13, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[19] Development Services Group, Inc., “Annex of Statistical Information,” in Bureau of Counterterrorism, Country Reports on Terrorism 2023 (December 12, 2024), p. 56, United States Department of State, April 15, 2024, https://www.state.gov/wp-content/uploads/2024/12/2023_Statistical_Annex_Edited__508_Compliant-FINAL.pdf.

[20] グレアム・アリソン、『核テロ 今ここにある恐怖のシナリオ』、秋山信将、戸崎洋史、堀部純子訳、2006年、265ページ。

[21] 米国司法省、米国危機管理庁、『米国 対テロ現場対応心得』、ぎょうせい、2002年、23-24、29-34ページ。

[22] Alan Cowell and Steven Lee Myers, “Britain Charges Russian in Poisoning Case,” New York Times, May 22, 2007, https://www.nytimes.com/2007/05/22/world/europe/22cnd-Litvin.html, accessed on February 22, 2026.

[23] アリソン、『核テロ 今ここにある恐怖のシナリオ』、269ページ。

[24] “Analysis for the Homeland Security Act of 2002,” Whitehouse, http://www.whitehouse.gov/deptofhomeland/analysis/hsl-bill-analysis.pdf, accessed on December 3, 2002.

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対外政策
単なる印象としての対外政策論 対外政策論はそれだけで一つの科目になる。意義も、内容もある。アメリカはこうだ、中国はそうだ、ロシアはああだ、日本はどうだ、と素人がやる。多くは的を射ている。 https://amzn.asia/d/0bhZiNbn プロがそれをやったらどうなるか?、というのがハロルド・ニコルソンの『外交』だ。ニコルソンはイギリスの外交官だが、紳士服のモデルのように見かけのよい人だ。まぁ外交官というものは見かけで説…
平和的紛争解決
国家主権は至高の権利である。では、それをそなえた主権国家は上位の権威に服さないのか? 服する場合もある。五大国が一致した国連安全保障理事会の決議は加盟国に対して法的な拘束力がある。しかし、今回は安保理の話でなく、仲裁や司法の話である。神の裁きであれば受けなければならないと感じるかもしれないが、国際社会の法廷の言うことに服さなければならないであろうか? 今回のテーマは、国際裁判所の管轄権と国家主権との…
幸福を指針とするべきか?
幸福も、自由も、ともによいものである。哲学者も、政治家も、宗教家も、皆、よいと言うものであるから、もはや、ほめられも、けなされもされなくなった。しかし、よいものはよいものである。問題は、幸福と自由では、いずれがよいか?、である。グローバルガバナンスについて論じる本書は、その指針としてすぐれているのはいずれか?、の問いに答える義務がある。 今回は、幸福をガバナンスの指針とすることの長所と短所を吟味しな…
Geminiさんの答案 研究各論(グローバル・ガバナンス)2022年度前期
国際連合が存在するのに、なぜ、同盟は必要であるのか? 国際連合憲章の諸規定と具体的な国際情勢に言及しながら論じなさい。 1. 国連憲章第51条:同盟の法的根拠 国連憲章は本来、すべての加盟国が協力して侵略を防ぐ**「集団安全保障」を理想としています。しかし、その限界を自ら認める形で第51条**を置いています。 憲章第51条: 加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な…
領土保全
https://youtu.be/f6AEKT52dDg 領土保全は英語でテリトリアル・インテグリティという。インテグリティはここでは一体性や完全無欠の意味である。つまり、国境線は1ミリたりとも動かしてはならないという国際法の原則である。国際連盟規約にも、国際連合憲章にも掲げられていて、現代の国際社会における最重要の決まり事と言って言いすぎでない。ということで今回のテーマは、ベルサイユ体制下における領土紛争とそれらに対する諸…