私はテレビは「ながら見」で、だいたい聴いているだけ。だから、筋も理解していない。
土曜日の再放送でやっとわかった。大河ドラマのべらぼうだが、フィクションながら魅力的なプロットだったということが。
能役者と将軍の父が入れ替わりというフィクションが使われ、能役者が写楽の正体という真実(たぶん)が使われない。とってつけたようなプロットだ、とはじめは感じていた。
鍵はフィクションと真実をつなぐ柴野栗山という儒学者にあったわけだ。能役者が蜂須賀藩士で、栗山も元蜂須賀藩士。そして、柴野は入れ替わりの絵を描いた松平定信のご意見番。これらは実話らしい。
壮大な仕掛けで、嘘でもエンタメなら許せるが……リアリティがなかった。キャスティングはよかったのに。学者キャラといえば、大河では徳川家康の師の太原雪斎。役者でいえば財津一郎さんや伊武雅刀さん。今回の方も適役の性格俳優で、期待していた。
柴野栗山をセリフが多い準主役にすればよかったのだ。そして、蜂須賀の殿様もそうするべきだった。視聴者を両人に注目させれば、謎解きに没入できて、理解も容易だったろう。主人公、蔦屋重三郎、の敵である定信とともに、もっと悪く描いてよかったかもしれない。
スターウォーズを観ていると、ハリウッドは脚本にもっとシビアで、打ち切りを含めたリスクをとっているとわかる。半世紀、いや200年続いたドル箱コンテンツを作る力量があったのは、NHKではなく歌麿・写楽を生んだ蔦重だったとNHKみずから証明したというオチだ。